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KJ カーペンター:栄養学小史 その四(1945ー1985)
A Short History of Nutrition:Part 2 (1885 - 1912)
Kenneth J. Carpenter
(Department of Nutritional Sciences, University of California, Barkeley, CA)
©2003 The American Society for Nutritional Sciences J.Nutr. 133: 3331 - 3342
リンク:free full original article on Internet (原論文)
注
これは栄養科学史についての招待4論文のうちの最終のものである。
論文(1-3)はThe Journal of Nutrition 2003年の3,4,10月号に掲載されている。
略称: EFA, essential fatty acids; FPC, fish protein concentrate; IHD, ischemic heart disease;
MeTH4F, methyltetrahydrofolic acid; TH4F, tetrahydrofolic acid.
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目 次
[総目次] [その一] [その二] [その三] [その四]
ビタミン
葉酸
ビタミン B-12
悪性貧血
ペラグラとナイアシン
ミネラル
因子3
セレン
クローム
亜鉛
生物学的有用性
タンパク質
アミノ酸パターン
世界におけるタンパク質の問題
必須脂肪酸
リノール酸
α-リノレン酸
プロスタグランジン
豊かすぎる食事の欠点
多いのは良いことか?
食事の脂肪とコレステロール
各国民の食事の比較
リポタンパク質
多価不飽和脂肪酸
食物繊維
エピローグ
はじめに
1945年から1985年までに多数の論文(Nutrition Abstracts and Reviewsに250,000の抄録)が刊行されたので、本論文の最初の部分では新しい栄養素の発見、欠乏の効果、栄養素の有用性に対する他の因子の作用、と直接に関係する論文に限ることにした。これにより栄養要求と直接に関係しないような吸収や機能の生化学的メカニズムは省略した。これは厳しい制限である。何故かと言うと、この時期に多くの興味あるメカニズムが解明されたからである。ビタミンD活性化やビタミンAの視覚サイクルなどがその例である。しかし、スペースの制限から省略した。
発表論文の千のうち一つすらリストに加えることはできなかった。著者がある領域を他の領域よりよく知っているということに(したがって偏見をもって)、選択は影響された。研究大家たちは自分の研究が正しく取り扱われていないと思うかも知れない。このことについて私は謝るより仕方がない。とくに幾つものグループが一つの分野の発展に貢献しているときに、私は原著よりも総説を引用することもあった。
1912年から 1944年のあいだに多くのことが発見されたので(3)、課題はやり尽くされたと思う人がいても不思議でない。オクスフォード大学は世界第二次大戦のすぐ後にこのような理由で栄養学グループを終了させた。実際はすでに進展しつつあった線上で新しい栄養素の発見と言うような重要な研究がなされた。この問題をまず最初に概観することにしよう。しかし、栄養問題への完全に新しい接近方法もあった。これは「豊かな食事の批判」とか「多いのは必ずしも良くない」と言えるもので、成人にとって大きな現実的な重要問題であるとともに、新しい研究方針を刺激するものであった。
ビタミン(目次へ)
葉酸
[その3] に記載したように、”葉酸” と呼ばれた物質はサルとトリが大赤血球性貧血になるのを防ぐビタミンであり、ある種の細菌の増殖因子であった。続いてある細菌がこの因子を合成するということが発見され、これによって化学的研究のために大量に調製できるようになった。1946年にアメリカのレダリー研究所のストクスタド(Robert Stokstad)等によってN-[(6-プテリジニル)-メチル]-p-アミノ安息香酸に1つまたは幾つかのL-グルタミン酸の結合していることが明らかになった(4)。これは簡単にプテロイル・モノ(またはポリ)・グルタミン酸と呼ばれる。吸収されるとテトラヒドロ葉酸(TH4F)に還元され、またメチル化される(MeTH4F)。ヒトや動物は吸収される前に余計なグルタミン酸を取り除いて、これらすべての形のものを利用することができる。しかし、ある種の微生物はモノグルタミン酸が結合したものを特異的に必要とする(5)。この仕事にはパークデビス会社の活発なグループをはじめとし多くの人々が協力した。
かなり大量に経口または注射によって投与すると、葉酸は悪性貧血患者において赤血球生産を昂進させた。しかし、これは悪性貧血患者の治療に用いる肝臓抽出液の活性成分でないことが判った。しかし、このように数月のあいだ葉酸を処方された患者は典型的な神経障害を起こし、この障害は肝臓抽出物で治癒することが、1948年までに明らかになった(6)。このパズルには次節で戻る。
一般に若いラットは食餌に葉酸源が無くても健康に育つ。しかし、比較的に不溶性なスルフォンアミド薬を食餌に与えると、急速に白血球減少症(leucopenia)を起こし、この病状は葉酸で治癒した。スルフォンアミドは、構造の類似するp-アミノ安息香酸が葉酸分子内に組み入れられるのを阻害する。ラットは食糞(coprophagy)によって大腸内細菌が合成した葉酸を得ているが、この場合、細菌は葉酸を合成することが出来なくなった(7)。
類似物質間の拮抗の概念をさらに利用して、葉酸類似物質が合成され、そのうち特にメトトレキサート (4-アミノ-10-メチル葉酸)は、動物組織内で葉酸の機能に拮抗して腫瘍の急速な成長を阻害するガン化学療法に役立つことが、1950年までに見つかった(7)。
葉酸への興味の他の方向は、神経管欠損(脊椎披裂:spina bifida)の赤ん坊を産む母親の多くが、収入が少ないグループに属するというイギリス連合王国における観察から出発した。明らかに種々の原因が考えられた。最初に示唆され追跡されたのは、大量のジャガイモ消費が危険を高めている可能性であった。もう一つは母親の少数のみが妊娠の前および途中にビタミンをサプリメントしていたことであった。
葉酸欠乏のラット胎児で奇形が見られることから、奇形の胎児を妊娠した母親と、健康な赤ん坊を産んだ母親の、葉酸の状態を比較する研究が行われた。中枢神経に奇形の子供を産んだ35人の母親のうちで24人は葉酸欠乏と診断され、他の点では似ているが健康な子供がいる同数の母親のうち6人だけがフォルムイミノグルタミン酸(FIGLU) テストで欠乏と診断された。大きな違いであった(9)。奇形の赤ん坊を産んだことのある女性について研究を行った。再発の危険性の高いことが知られていたからである。研究に協力するボランティアの女性には次の妊娠の前に葉酸を含むマルチビタミンを摂取させた。タイミングは重要であった。女性がふつう妊娠したと自覚する受胎の最初の21日以内に神経管の欠損が起きるからである。この試験の結果(表 1)は、マルチビタミンを摂取していなかった女性で奇形胎児の割合は摂取していた女性の3.6倍であった。すなわち、4.2%と1.2%の比であった(10)。
表 1 神経管欠陥 (NTD) の再発。以前に新生児または胎児にNTDがあった女性において、
次の妊娠時に
マルチビタミン・サプリメント有無による再発の比較。
1
|
1 Seller & Nevin (10)より改変
2 これらは真のコントロールではない。ボランティアに知らせないでプラセボを与えるのは非倫理的として禁止されてきた。従って、同じ地域に住み、同じころ妊娠し、再発の危険率が類似していると考えられる女性たちである。
3イギリス連合王国内で、NTDが前者で最も少なく後者で最も多いので選ばれた。
ビタミン B12 (目次へ)
前に述べたように葉酸は悪性貧血患者に良い効果を持ったが、この病気に使われている高度に濃縮されてきている肝抽出液の活性成分ではないことが判った。以前から、正常人では胃に分泌されて肉とくに肝臓に存在する ”内因子” を活性化する ”外因子” を、この病気の患者は欠くことが知られていた。外因子は患者に注射すると有効であったが、経口的に与えるとほんの少ししか活性が無かった(11)。
肝臓抽出液の活性を測定できる動物モデルが得られていなかった。したがって、多くの悪性貧血患者の血液像への反応を測定して、各分画をテストしなければならなかった。しかし、1948年にニューヨーク州のメルク研究所は ”肝臓因子” の単離に成功したと発表した。これはある細菌増殖因子の測定方法に助けられた。この因子は肝臓因子と同じものではないかと想像されていて、高い活性の抽出液と同じ色をしていた。彼らはこの結晶を ”ビタミンB12” と名付けた。イギリス連合王国の他のグループは数週間遅れて同じような結果に達し、抽出液のピンクの色は活性が高まるにつれて強くなるので、精製の助けになると考えた(13)。結晶の結果はセンセーショナルなものであり、微量金属のコバルトを含んでいた。このビタミンは別名が ”コバラミン” となった。きわめて微量でも効力があった。5 μgで患者に有効で、使用されていた注射用の肝濃縮液は百万分の一のビタミンしか含んでいなかった。
微生物検定法により、植物はこのビタミンを合成できず、合成できるのは微生物だけであった(14,15)。このことは全く新しいことであった。この時まで、地球上の自然の大計画によると、動物界は、太陽エネルギーを利用して合成を行っている植物界に依存して生きていると、考えられてきた。大計画における微生物の役割は、動物界と植物界の死んだ組織を分解して、植物界の利用に供するとしか知られていなかった。しかしここで初めて、動物は微生物による合成を必要とすることが見出された。
[その3]に記載したように、コバルトをウシは必要とすることが見出されていた。しかし、ふつうの小動物、たとえばラットやニワトリはコバルトを必要としなかった。多くのことが総合されて一つになった。ウシや他の反芻動物ヒツジなどのこぶ胃(噴門洞)に住んでいる微生物はとくに活性が強かった。このことはこれらの動物が無機コバルト塩を利用できることを示した。真の胃や小腸における消化や吸収に先立って発酵が起きて、細菌のコバラミンは宿主動物の組織に運ばれるからであった。
これに対してニワトリでは、大腸における発酵で作られるコバラミンは血流に吸収されない。集中的に飼ったニワトリは植物性食餌だけではずっと飼えないことが知られており、魚粉または乾燥ウシ糞から供給される”動物タンパク質因子”を必要とすることの研究がなされていた。コバラミンを充分に与えられていた雌ニワトリの卵から孵ったヒナは蓄えで長期間生きていくができたが、次世代は重篤な欠乏を示した。外で飼ったニワトリやブタは土壤の微生物や虫から充分のコバラミンを得ることができるようであった(16)。
ラットも大腸の微生物が作ったコバラミンを吸収できないようであった。しかし、底上げした針金網で飼っても糞食を行い、このようにしてある種のビタミンを得ることができたが、いつでも最大の増殖に充分とは限らなかった(17,18)。ウマやゾウのような単胃の草食動物は後胃における発酵が餌からのエネルギーに追加されている。かなりの量のコバラミンがこの発酵によって作られていることが判り、ウマの直腸に注射した放射性コバラミンが血流中に吸収された(19,20)。ヒトも直腸でコバラミン合成があるていど起きているが、有意の量が吸収されているかどうかは明らかでない。食品からコバラミンを得ることがない絶対菜食主義者(vegan:ミルク、卵も摂らない)の血液中でこのビタミン濃度は低い。厳重な絶対菜食主義者と宣言しているヒトたちは10年またはそれ以上も健康に暮らしている(21)。
海に居るコバラミン合成微生物は水中に生きている生物に充分である。大きな魚は小さな生物を食べ、最終的には微生物のレベルに至る(22)。
悪性貧血(目次へ)
葉酸とコバラミンのように2つの違う分子が悪性貧血に有効なのは何故かというパズルに戻る。悪性貧血患者および多数の絶対菜食主義者に起きる神経学的合併症の脊髄変性は、コバラミンだけしか予防できないことが間もなく判った(6)。これによって、葉酸をサプリメントするとビタミンB-12欠乏の存在を隠す危険のあることが考えられた。
1962年にビタミンB12欠乏患者で葉酸は血中でメチル化された形 MeTH4F として蓄積されることが報告された(23)。さらに生化学的な研究で、コバラミンはMeTH4Fのメチル基を第二のホモシステイン-メチオニン・サイクルに移すので、食事から大量の葉酸が供給されない限り、コバラミン欠乏は機能的な葉酸欠乏に導かれる(24)。移されたメチル基はふつう幾つものサイクルを介して、血液細胞が絶えず作られるのに必要なDNA成分の合成に使われる。
どちらかのビタミン欠乏によるもう一つの影響は、血中ホモシステイン濃度の上昇である。これは問題であった。遺伝学的にこの物質の血中濃度が高いヒトは若いときから動脈硬化が起きやすいからであった(25)。これは活発に研究された領域となったが、ほとんどの発表は1985年以降になされた。
ペラグラとナイアシン(目次へ)
1945年までにペラグラはナイアシンの直接の不足が原因では無いと考える理由がすでに存在した。ナイアシンの新しい測定法を使って、ペラグラ問題が無いインドの貧しい米の食事は、ペラグラが問題となっているルーマニアのトウモロコシ食事よりも、ナイアシンの少ないことが見出されていた(26,27)。さらに、15%カゼインをタンパク質源としナイアシンを含まない純化された食餌を与えられたラットは健康であり、ナイアシンおよびそのメチル誘導体を尿中に排泄していた。
次に純化した餌を40%コーンミールで薄めるとラットはナイアシン欠乏になった。コーンミールはヨーロッパにおいて伝統的にペラグラと結びつけられたものであった。さらに、この食餌に他の穀物にくらべてトウモロコシに少ないトリプトファンを0.05%サプリメントすると、成長は元に戻った(28)。次にトリプトファンはペラグラ患者の治療に使えることが示され、ある試験ではトリプトファンの約3%がナイアシンに変化していた(29)。ネコでは変化が見られず、イヌではラットよりも変化が少なかった。何故かと言うと、かなりバランスが良くとれたタンパク質を含む食餌でもナイアシン欠乏が起きたからであった(30)
最初、トリプトファンの追加は小腸におけるナイアシンの細菌による合成を促進しているのではないかと考えられたが、後になって放射性同位元素標識によって、トリプトファン分子の一部がナイアシンになる酵素的経路が見出された(31)
ペラグラにはまだ問題が残っている。ナイアシン欠乏の動物モデルではペラグラ患者に見られるような太陽による皮膚炎を起こすことはできなかった。ゴールドバーガーが囚人に起こしたのはリボフラビン欠乏であって、人間にナイアシン欠乏を起こすその後の実験は失敗した(32)。トウモロコシを主食とし、非常に貧しい人たちは動物性食物をほとんど摂らないメキシコで、ペラグラがなぜ昔から問題となっていないかも疑問であった。実験動物を使って得た事実からは、メキシコにおいてトウモロコシをアルカリ処理してトルティーヤ(tortilla:主食のパンケーキ)を作るさいに、栄養的に利用できない結合型のナイアシンが遊離して利用できるようになることが示された (33 - 35)。
ミネラル(目次へ)
因子3.
研究の幾つかの流れはもう一つビタミンが発見されるのではないかと考えさせた。肝硬変症になる酒飲みはタンパク質が少ないバランスの悪い食事をとっていて、食事の改良によって良い効果が見られた。このような食事の肝臓への影響はアルコール無しでも行われ、1944年までにこのような食事による肝壊死にたいしてメチオニンのサプレメンテーションの有効であることが見出された(3,37)。同じ頃、ハイデルベルグ大学のシュヴァルツ(Klaus Schwarz)はこのようなラットの食事で新しいビタミンを発見する希望を持っていた。彼のタンパク質源は弱いアルカリ液中で沸騰させ酸で沈殿させて精製したカゼインであった。肝壊死はこのような前処置をしたカゼインのみで見られ、麦芽とそれに続くビタミンEによってのみ防ぐことができた(38)。ドイツが激しい空爆を受けていた第二次世界大戦の最後の年にシュヴァルツがこのような基礎的研究をできたことは驚くべきことであったが、オクスフォードとケンブリジをドイツ空軍が爆撃しなかったように、連合軍航空隊はハイデルベルグを爆撃しなかった。
戦後になってシュヴァルツはアメリカに移り、NIHで研究を続けた。ここで彼は酵母をタンパク源とした食餌によりドイツにおけるような肝壊死を起こすことはできなかった。これは酵母の違いではなく、増殖させた培地の違いによると、1951年に彼は報告した。アメリカで使われているトウモロコシ浸出液はヨーロッパで使われている亜硫酸溶液に含まれていない保護因子を供給しているように思われた(39)。次の論文で彼はカゼインのアルカリ処理によって保護因子が失われることを示した以前の実験に戻った。彼はこの因子を ”因子3” と名付けた。ビタミンEでもメチオニンでもなかったからである。彼はカゼイン分画からどのようにして濃縮液を得たかを記した(40)。
私自身はこの謎をスコットランドのロウェット研究所にいた古い友達で協同研究者から知った。彼は壊死源性と思われるカゼインに基礎をおく食餌でラットが壊死を起こすか否かの環境条件を研究していた。しかし突然、彼はこの状態を起こすことができなくなった。一つの可能な説明は彼がカゼイン製品を変えなければならなかったことであった。これは、これまでの会社がビタミン・フリー・カゼインの販売を中止したからであった。多くの実験の後にこれが原因であり、カゼインの精製の程度とは無関係なことが判った(41)。前の会社は粗カゼインをニュージーランドから買っていたが、第二の会社はヨーロッパから買っていたことが、彼の知ったすべてであった。彼は途方にくれ、この非常に経験のある病理学者は研究者としての経歴を見捨て、外国に移住して日常的な臨床医となった。後になってみると、もしも土壌科学者を友達に持っていたら ”ニュージーランド” ということが手掛かりとなり、彼は決定的な突破口を開くことができたかも知れない。
突破口は3年後にシュヴァルツ自身およびレダリの研究グループにより得られた。1957年に彼らは因子3が元素セレンを含むこと、および因子の活性はセレン酸ナトリウムで置き換えられることを発見した(42,43)。
セレン. ▲
この頃まで、セレンは有毒な元素として知られており、したがって生えている植物にセレンがとくに多いと放牧ができなかった(44)。発ガン性が疑われており、動物の餌に加えるのは法律に背く行為であった。しかし今やセレンはこれまで知られてなかった必須の微量元素となった。ラットの肝壊死やニワトリの滲出性体質を防ぐことが見つかった。これらはビタミンEで予防できることは既に知られていたが、セレン酸ナトリウムはビタミンEの500倍も活性が高かった。これは丁度くる病が紫外線照射やタラ肝油のように違う処理によって予防できたのと同じであった。
ラットやニワトリのこれらの病気は欠乏食で惹起されたものであるが、セレンが少ない火山性の軽石土壌であるニュージーランドから、ヒツジ、ウシ、ブタ、ウマ、ニワトリの特殊な病気がセレン酸のサプレメンテーションによって治癒する報告がなされた(45)。スカンヂナビアやアメリカの多くの場所で実際の問題であった子羊の ”白筋病” やブタの ”食餌性肝臓症”(hepatosis dietetica)も0.1 μg/gのセレン酸ナトリウムに反応した(46)。これらの状態の多くはビタミンEに反応したが、ふつう効果は少なかった(47,48)。セレンが酵素グルタチオン・ペルオキシダーゼの必須成分であることが見つけ出されたので、両者ともに抗酸化剤の役割をしている可能性が高くなった(49,50)。
コーネルのグループは種々の形や食品のセレンの相対的な強さを、初めてニワトリの生物学的測定法によって行った。しかし、結果は方法によって異なった(51)。
次の疑問はヒトにセレン欠乏の可能性が有るか否かであった。これは最初にニュージーランドで研究されたが、明白な事実は得られなかった(52)。しかし、セレンが同じように低い中国の克山(Keshan)地区で特有な心筋障害(克山病:Keshan disease)が見つかった。セレンのサプリメントに反応したが、単純な原因・結果ではなかった。この興味ある問題については1985年に行われた研究だけであり、検討には本論文全体のスペースが必要である。しかし優れた総説を入手することができる(52,53)。
クローム. ▲
因子3の研究にさいしてシュヴァルツとマーツ(Walter Mertz)は、実験食で飼ったラットは濃縮因子3で治癒しないグルコース耐性障害が起きることを発見した(54)。最終的にこの欠乏は3価クロームで治癒することが判り、これはインスリンの補助因子として作用すると考えられる(55)。6価クロームは活性が無かった。
亜鉛. ▲
[その3]が取り扱った時期には実験的亜鉛欠乏を起こすのは困難であった。ラットとマウスは純化した餌に1μg/gの亜鉛を必要とするだけであった。しかし1950年代になって、成育しているブタで皮膚炎、下痢および食欲不振を起こす不全角化が亜鉛欠乏によって起きることが発見された(図 1)(56)。これは餌にこの元素が約40 μg/g含まれても起きた。濃縮植物タンパク質が餌に使われ、とくにボーン・ミールまたは炭酸カルシウムが含まれているときに起こるようであり、亜鉛レベルを2倍にすると、成育と健康は良好になった(57)。
図 1 3:不全角化のブタ(サプレメンテーション前)。
4:0.02%炭酸亜鉛サプレメンテーション後8週間(56)。
(Proc. Soc. Exp. Biol. Med.より転載許可)
亜鉛塩で治る成長低下は、高濃度の大豆タンパク質濃縮液の食餌を与えた若いニワトリにも起きたと、報告された。この濃縮液は0.5%のフィチン酸リンを含み、オデル(Boyd O’Dell)は、フィチン酸が亜鉛その他のミネラルの有用性を大きく低下させることを、自分自身および他の人たちの事実を展望した(58)。
1960年代にプラサド(Anasta Prasad)たちはヴァンダービルト大学への研究費を使って、エジプトの10代の少年の矮化と性機能低下を研究し、彼らの貧血が鉄塩によって直されたのとともに、彼らの血漿亜鉛濃度が低いことを見つけた(59)。次いで彼らは亜鉛のサプレメンテーションが成長と成熟を昂進させることを見出した(60)。次の2回の試験では明確な結果が得られなかったが、イランの同じようなグループで高いレベルの亜鉛 (40 mg/d) をサプリメントとして与えた試験ではポジティブな結果が得られた。ここでコントロール群もサプリメント群も他の微量ミネラルは与えられていた(表 2)(61)。
表 2 13才のイランの田舎少年を20人づつの亜鉛+および亜鉛ーの2つのグループに分けた結果1
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1 一つのグループ (B) は学校のある日 (6/wk) にタンパク質、トウモロコシ油、諸種ビタミン、亜鉛以外の諸種ミネラルを含む液状サプリメントが与えられた。他のグループ (C) は上記サプリメントに 40 mg の亜鉛が炭酸塩として与えられた。試験は20月続けられたが、中間にサプリメントが無い4月の休暇があった(61)。
この地域の少年たちの毎日の亜鉛摂取量はとくに低くはなかったが、彼らの主食は全粒パンとマメからなり、パンは酵母発酵がなされていないのでフィチン酸がそのまま入っていた。このこと、および彼らの土食(geophagia)によって、消化されない亜鉛複合体が消化管内で作られていた(58,62)。成長低下および成熟遅延は少女および少年で研究したトルコの村でも同様に観察された(63)。
生物学的有用性. ▲
ナイアシンとセレンについて取り扱った前セクションの場合と同じように、亜鉛についても、食事中のある栄養素の全濃度の分析だけでは、適当量かどうかの充分な基準にならず、もっと複雑な生物学的有用性の問題に直面しなければならないことが、明らかになった(64)。一つのミネラルの摂取を増やすと、他の吸収を妨害する事実が得られた(65)。セレン、クローム、ナイアシン(その他のB-ビタミンも)について、有用性は化学形またはその栄養素が存在する組み合わせによって影響された。
銅欠乏の動物では正常のエラスチンが合成されない結果、動脈壁は非常に弱くなった(66)。多くのヒトの食事では亜鉛:銅の比が高いので相対的な銅欠乏が起き、これが虚血性心疾患を高くする要因であると、示唆された(67)。
タンパク質(目次へ)
アミノ酸パターン.
私は個々の栄養素の必要量を決定する研究については述べないようにしてきた。しかし、タンパク質は別問題である。どの2つのタンパク質も同じではないし、一つの食品からのタンパク質混合物は他の食品とも異なる。従って、我々の食事のアミノ酸パターンが我々の体タンパク質アミノ酸パターンにいかに近い必要があるかが問題であった。このことは実際問題として、植物タンパク質のバランスをとって食事を理想的にするためには、動物タンパク質または合成アミノ酸を加える程度が問題である。
研究者たちは個々のアミノ酸の要求から出発してこの問題を解決することを希望した。しかし1945年にはアミノ酸混合物をヒトの食事中のタンパク質で完全に置き換えることはできなかった。ローズと協同研究者たちは1942年以来この問題を解決すべく研究して、その結果を1948年から1955年のあいだに発表し(表 3) (68 - 70)、最終の討論を 1957年に行った (71)。
表 3 ローズによる成長しているラットに必要なアミノ酸および若い男子が窒素出納に必要な量 (68,69)1
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1 グリシンと尿素はヒトの全窒素摂取量を10g/dにするために追加した。これは62.5gの粗タンパク質に相当する(167)。それぞれの必須アミノ酸を2倍にした次の実験で、尿素を除きグリシンを6.5g/dに減らしても窒素出納を保持することができた。この場合は食事中の窒素含量は3.85gであり、粗タンパク質24gに相当した(70)。
2 ラットはアルギニンを合成することができたが、最高の 成長のための必要量は満足しなかった。したがって、必須とするか非必須とするかは単なる定義の問題である(68)。
彼らは若い男子が驚くべく低レベルのアミノ酸(24gタンパク質相当)で窒素出納を保つことを見出した。しかし、これは必要とされる完全なタンパク質よりもエネルギー摂取量が多いときだけであった(表 4)。このことは困った結果であった。何故かと言うとエネルギー摂取が多いと窒素蓄積に影響することが知られていたからであった(72)。量的な必要性は疑問符つきではあったが、ローズはヒト成人が必要とする必須アミノ酸のリストは今や完全であると述べた。これらのアミノ酸のうちの一つでも欠けると、摂取がどのレベルであっても窒素出納の平衡が得られなかったからである(71)。
表 4 10 g 窒素/日で、全エネルギーが 35 または 45 kcal/日の実験対象者の窒素出納 (g/d) (71)
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1 実験期間 (日).
第二次世界大戦後ドイツの食事配給は厳しく制限されていて、孤児院児童に種々の特別食を与えるのは倫理上、許されていたので、ウィドウソン (Elsie Widdowson)とマッカンス (Robert McCance)はその影響を調査した。47人からなる一つのグループは食べられるだけのパン(85%抽出、すなわち全小麦ではないが褐色パン)、カルシウム、ビタミンのサプリメントと、少量のミルク(タンパク質8.8g)を与えられた。他のこれに対応するグループは3倍量の動物タンパク質を含む余分なミルクを与えられた。このような処理は注意深い観察のもとに6月続けられた。(表 5)(73)。9-10才の子供たちはどちらの食事でも同じように成長した。一つのグループはエネルギーの12%がタンパク質由来で、そのうち14%だけが動物タンパク質(ある著者によると "第一級" )であったのにも関わらず。残念なことにこの重要な研究は多くの大学図書館では読むことができない一連のモノグラフとして刊行された。しかし、研究の一部は他で要約し論じられた(74)。
表 5 6月間、パンは無制限でミルク量が異なったさいの孤児院児童(73)
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これらの孤児院児童は身長も体重も同年齢児の平均より約25% 成長が速かった。これは多分 "追いつき" 現象であろう。我々の体タンパク質の半分以下のリシンしか含まないタンパク質からなる低タンパク質食でこのことが可能であったのは銘記に値する。ヒトの成長は非常に遅い。窒素摂取が322 mg/(kg・d)であるのに増加は14 mg N/(kg body wt・d) に過ぎなかった。タンパク質摂取が少なくても窒素出納が平衡になるのは、タンパク質の代謝回転(turnover)が遅く、感染したときの抗体の潜在的な合成を犠牲にしている可能性を、MITの研究グループは示唆した(75)。これは重要な疑問であり、放射性アミノ酸を使って代謝回転と酸化によって測定する方法が1985年までに開発された(76)。しかし、決定的な回答は得られず、他の研究者はこのような測定によってタンパク質摂取量を増やすことへの用心を示唆した(77)。
さらに成長しているニワトリで食事中のタンパク質を20%から30%に高めると、制限必須アミノ酸のリシンの要求量が食事の0.85%から1.1%に増えることが示された(78)。ウィスコンシンのハーパー(Alfred Harper)たちは続いて、一つのアミノ酸をかなり高いレベルに加えると、たとえば若いラットに体重増加(9日に56g)を起こさせる12%カゼイン(メチオニン添加)食餌に2%ヒスチジンを加えると、食欲が無くなり体重増加が減る(この場合は45g)ことを示した(79)。これらの影響を毒性、拮抗作用、インバランス(訳注:アンバランスとは言わない)に分ける試みがなされた(80)。しかし、人間で実際に起きる事実は知られていない。高タンパク質の西側諸国食餌はアシドーシスを起こし、カルシウムが補償的に失われ、骨から失われる可能性も示唆された(81)。
世界におけるタンパク質の問題. ▲
したがって、この時期(1945-1985)は、少なくとも食事が穀類を基礎としているならばタンパク質の供給は問題でないことを示す研究で始まった(82)。それにも拘らず1960年に栄養学の大家は "ビタミン研究の時代からタンパク質研究の時代に移ってきている" と言い、 FAO (国連食糧農業機関:the Food and Agriculture Organization of the United Nations) の栄養部門の長は "食事中のタンパク質欠乏は世界でもっとも重篤で広範囲の問題である" と書いた(83 - 85)。
この考えは西アフリカの "クワシオルコール(kwashiorkor)" および進展途上国の1-4才の子供たちに見られる鱗状皮膚炎、毛髪の変化、浮腫、無感情を特徴とする重篤な疾患から生まれたものである(図 2)(86)。これには脱脂乳粉末など濃縮高タンパク質サプリメントが有効であった。ナイアシンや他のB型ビタミンは有効で無かったので、ペラグラの幼児型であるという以前の考えは捨てられた(87)。
図 2 クワシオルコール;顔の浮腫が特徴(左)
背中の皮膚の病変が特徴(右)
(Dr. R. G. Whiteheadによる)
クワシオルコールは肝障害が特徴であり、肝硬変がアフリカの男性にふつう見られたので、最初はアフリカ人の食事は一生のあいだタンパク質不足であり、発展途上国でも同じであると、FAOは考えていた。ミルクと粉乳は高価で供給不足なので、代用品の開発が進められた(88)。多くの研究は問題が存在する場所、たとえば中米およびパナマ栄養学研究所 (the Institute for Nutrition in Central America and Panama)において、地域で得られる穀物や脂肪種子粉末から粉乳の安価な代用品を作り試験することが試みられた。粉乳のように急速な効果はなかったが、治療効果はあった(89)。乳児によってはタンパク質とエネルギーだけでなく電解質やビタミンの不足も見られた(90)。必須脂肪酸の欠乏も示唆された(91,92)。
1968年に国連は”切迫したタンパク質危機を防ぐ国際的な活動”と題する書類を刊行した(93)。それまでにかなりの予算(一部は政府から、一部は財団から)を使って、魚から安定な、溶液抽出した、高タンパク質粉末[fish protein concentrate (PFC)] を生産する過程と機械を開発する幾つかの計画が、先進国で立ち上げられた。これは熱心な国際会議でも推進された。元来の考えは発展途上国の村で作れるような新しい産物や食品製作の簡単な方法であったにも拘らず。それに加えて ”酵母、カビ、細菌を糖蜜から石油までの培地で育てて作る単細胞タンパク質(SCP)" のような、高度の技術を使う方法が計画された(94)。カロウェイ(Doris Calloway) はSCP産物のあるものは免疫耐性が弱いときには有毒であること、および核酸濃度が高いので動物はともかくとしてプリンを難容性の尿酸にするヒトには適しないことなどを指摘した(95)。
幾分か未発達な生活共同体を助けることを目的としたにも関わらず、”ハイテク” 計画となったことに、ロンドン大学の衛生・熱帯医学学部から厳しい批判が加えられた。”研究者にとって学問的に刺激的な研究と、研究費を集めるために政治的に魅力的な問題を、軽率に結びつけて、科学的な興奮を正当化する過程の続きである” と(96)。ふつう御機嫌を傷つけないようにしているアメリカにおいても、政府が金を出したFPC計画の指導者自らが後になって(読む価値のある本で)、”FPC開発の動機の多くは、世間で知られた人道的なゴールと、ほとんど又はまったく関係が無かった” と書いた(97)。
これは栄養学の歴史のうちで、栄養学者たちが忘れたいと欲するエピソードであろう。しかし、歴史の重要性は自分たちの誤りを学んで、繰り返さなようにすることである。大部分のクワシオルコール患者たちはタンパク質だけでなくエネルギーも不足した食事を摂っているか、または子供たちが食べきれない量を摂取する必要のある食事を摂っていることが判って、この計画は終わることになった(98)。一般に必要なのはタンパク質だけを濃縮するのではなく、もっと濃縮した食品を準備し、電解質不足を正しくすることであった (99 - 101)。タピオカのように、かさばっていて、タンパク質の少ない根の食事を改良するのは困難であった (102)。前には”世界のタンパク質問題” を強調していた国際連合(UNO)は、1974年の世界食糧会議(World Food Conference) では何も述べることはしなかった(103).
第三世界で第一制限アミノ酸になる必須アミノ酸の合成も、1960年代に推進された(104)。ヒトでの試みの結果は一般に不満足なものであったが、ブタやニワトリの集約飼育には実用化された(105)。
必須脂肪酸 (目次へ)
リノール酸.
[その3](3)に述べたように、多価不飽和脂肪酸リノール酸 18:2(n-6)欠乏食で飼ったラットは、鱗だった尾をもち、水分を失い、増殖できないことが既に知られていた。シンボル'n'または以前の文献では’ω’は、炭化水素鎖の端から数えて不飽和結合に至るまでの、炭素原子の数である。
次の明白な疑問は人間にも同様な要件であるか否かであった。1963年に400人以上の幼児に脂肪含量が異なる食事を与える大きな研究がなされ、總エネルギーの0.1%以下がリノール酸の場合には皮膚が乾燥し厚くなり、多くの場合に成長が不満足であった。もっとリノール酸を与えると、問題は急速に消失した(106)。非経口的栄養補給をしなければならない幼児で脂質を摂取しないと、同じような欠乏症状が急速に見られた(図 3)(107)。一例ではリノール酸が多い油を皮膚に塗ることによって、この状態を急速に改善させることができた(108)。
図 3 無脂肪の静脈栄養によってリノール酸欠損を起こした幼児の足(107)。
(Am.J.Clin.Nutr. より転載許可)
ラットを用いた元来の実験によって、吸収されたかなりの割合のリノール酸はガンマ-リノレン酸 18:3(n-6) になり、次いでアラキドン酸 20:4(n-6)になることが示された。ガンマ-リノレン酸はメマツヨイグサ油または若干の植物から得ることが出来、ある種の皮膚病の治療に有効なことが知られていた。これは多分これらの患者はリノール酸からアラキドン酸を合成する能力に欠陥があったのであろう(109)。
リノール酸の供給が不足すると、非必須脂肪酸のオレイン酸 18:1(n-9) からかなり大量のエイコサトリエン酸 20:3(n-9) が合成されるようになる (110, 111)。血液中のエイコサトリエン酸:アラキドン酸比は臨床症状が出現する前にぎりぎりのリノール酸欠乏の指標であることが判った。最初にラットとブタで知られ、次に人間で示された(106, 112, 113)。
ネコはまったく違う結果を与えた。食餌にアラキドン酸が必要で、リノール酸の鎖を延長し不飽和にする酵素を持っていなかった(114)。これはカロチンをレチノールにできないことと関連している。ネコは肉食なので出来合いのレチノールとアラキドン酸を得ることが出来るので、動物界で必要なこれらの分子を植物の前駆体から作る必要が無いからである。このことから、他の動物でリノール酸はアラキドン酸の前駆体としての役割しか持っていないと考えられた。しかし後になって、ラット皮膚の耐水性は表皮スフィンゴリピドにリノール酸が組み入れられて起きることが示された(115)。
α-リノレン酸. ▲
ガンマ-リノレン酸 18:3(n-6) も又リノレン酸の一つと考えられるので、 18:3(n-3) 型にはα-の接頭辞を常に使わなければならないが、実際的にはリノレン酸と言ったらα-リノレン酸を意味している。バー夫妻の先駆的研究では、リノレン酸はリノール酸を完全に置き換えた。しかし、後の研究者たちは多分もっと純粋な試薬を使ったからか、このことは見られなかった(116,117)。3世代にわたる慎重な実験で、ラットはリノール酸で正常に成長したが、リノレン酸では成長できなかった(118)。しかし、リノレン酸から生じたドコサヘキサエン酸 22:6(n-3) がラットの体内に貯まることが判り、他の研究者は網膜の桿状細胞の外節に特に濃縮されていることを見出した(119)。これに対して、魚は正常の成長にn-3酸を必要とすることには疑問の余地は無い(120)。
1982年に、非常に少量のリノレン酸しか含まない処方の非経口栄養を数年にわたって受けていた6才の少女で視力がぼんやりするなどの神経症状が始まった。処方を変えてリノレン酸を増やしたところ、この症状は消失した(121)。赤毛猿をリノレン酸を含まない餌で飼い、その赤ん坊も同じ餌を与えたところ、12週後にコントロール群と比べて選択視の鋭さが悪化した(122)。リノレン酸すなわち長鎖n-3脂肪酸が食餌中に必要と結論するのは正しいであろう。
プロスタグランジン ▲
動物の男性補助腺(訳注:前立腺)の抽出液が血管拡張作用を持つことは古くから知られていた。1963年にストックホルムのベルグストレーム(Sune Bergström)達はこれらの活性物質をC20-サイクロペンタノン酸の誘導体として’プロスタグランジン’と名付けた(123)。2年後に彼らはこれらが体内でアラキドン酸から合成されることを示し、必須脂肪酸(EFA)欠乏の少なくともあるものはプロスタグランジン ホルモンの不十分な合成によることを示唆した(124)。後になって、食事中のリノール酸含量を増やすとプロスタグランジン合成が増えることが示された(125)。我々は後のセクション ”多価不飽和脂肪酸”において、全く別の研究の結果かたこれらの重要性が再浮上し、この問題に戻ることになる。
豊かすぎる食事の欠点 (目次へ)
多いのは良いことか?
以下は1957年からの引用である。”この世紀の最初の半世紀のほとんど全部の間....欠乏病と低栄養の問題が強調されてきた。公衆栄養のプログラムは主としてミルク、肉、卵の消費増加...や実際的にふつうの食事のすべてに....専念してきた。...’安全のための余裕’ という言葉は、過剰が制限より好ましい....という考えに基礎を置いている...。栄養学者たちはこの国における肥満の発生率にどの程度責任があるか、考える必要がある。 ...過去の定義で’よい食事’と言われたものは、動脈硬化、糖尿病、主として高収入の人々がかかる他の病気の重要な原因である可能性が強く、ほとんど決定的である”。このことを知ってきた人たちは、ヘーグステッド(Mark Hegsted)の明快で独創的な表明に承認するであろう(126)。
第二次世界大戦の後、ある意味でもっとも豊かな国は最高の健康記録を持っていないことが知られるようになり、上に述べられたように彼らの食事パターンは中年の慢性で非感染性の病気に導くものであることが知られるようになった。成人における長期の影響についての事実は、疫学的研究によって得られた。驚くことは、戦争中にヨーロッパの国で食べ物の供給、とくに動物性食品の供給が厳しく制限されたときに、ある種の病気の発生率が低下したことであった (127ー129)。
豊かな国の食事でまず疑われるのは、高いレベルの飽和脂肪摂取と低いレベルの繊維(ある研究者の考えでは砂糖の高い消費が関係する)摂取である。まず、食事中の脂質に関係する研究を考察しよう。
食事の脂肪とコレステロール. ▲
西側諸国における重要な死亡原因は虚血性心疾患(IHD)であった。これは心筋への血液供給の減少であり、これによって壊死すなわち心筋梗塞が起きる。IHD患者の解剖では動脈硬化、すなわちコレステロールを多く含むプラークが壁に付着することにより、冠状動脈の狭窄が見られる。これは長いあいだ病理学者のあいだで興味を持たれていた。1934年に次のように書かれていた。”動脈硬化と食事、血圧、人種などと関係して文献には多数の報告がなされている”。そしてその後で、”...中性脂肪の摂取が少ないところでは、動脈硬化は多くない” (130)、と。しかし第二次世界大戦(WWII)の前にこのことは栄養学者の注意を惹かなかった。
大部分の西側諸国風の食事の特徴はエネルギーの多くの部分が脂肪、しかも大部分は動物由来の脂肪であった。したがって第一の考えはIHDの問題は動物性食品だけに見られるコレステロールを大量に摂取するためと考えられた。コレステロールをふだん摂取しないモルモットその他の草食動物にコレステロールを与えると、血清コレステロール濃度が上がり、プラークの出来ることが見出された。しかし、ヒトで研究すると、いろいろの種類の脂肪を与えることによって、食事中のコレステロールはある程度の影響を受けたが、コレステロールの寄与に応じて、血清コレステロールが影響を受けることはなかった(131 - 133)。
1950年からキーズ(Ancel Keys)は、種々の国からの協同研究者と研究しながら、アメリカおよびヨーロッパの種々の部分におけるIHD流行の多くの環境様相を研究した。彼はまずナポリから始めた。それは脂肪からのエネルギーはアメリカの半分、すなわち20% vs 40% であり、変性心疾患で死亡する30ー50才の男子はアメリカの三分の一またはそれ以下であったからである(134)。死因の分類は国によって異なるが、すべての他の原因はイタリーとアメリカは同じように記録されていたので、イタリーの全死亡率が低いのは主として変性心疾患によるものと思われた(135)。中年になっての血清コレステロールレベルは、ナポリではアメリカやイギリスのように上昇していなかった。全脂肪の摂取が決定因子であり、体運動や肥満の程度よりもずっと重要と考えられた(136)。
1954年にニューヨークのロックフェラー財団は、植物由来の脂肪は動物由来の脂肪を含む同じ食事よりも、血清コレステロールレベルをかなり低く保つ(1.55 vs 1.96 g/L)と発表した(137)。種々の植物および陸棲動物の脂肪を比べたところ、動物であろうと植物であろうとヨウ素値が高いほど(不飽和度が高いほど)コレステロールの低いことを、このグループは見出した(138)。
各国民の食事の比較. ▲
アメリカの虚血性心疾患死亡率と種々の食事の特徴との関連を比較して、この死亡率と ”飽和脂肪由来エネルギーのパーセンテージ” との相関の強いことが1959年に報告された(139)。キーズもまた16の異なるコミュニティからなる "7ヶ国スタディ" において、虚血性心疾患による死亡とこのパーセンテージとの間に相関係数0.84の強い正の関連のあることを示した(134)。彼の調査結果を国籍でまとめた結果は、表 6に示される。アメリカや他の国のコミュニティにおいて飽和脂肪の摂取量が同程度のところは、虚血性心疾患による死亡が類似していて、摂取が低い地中海沿岸の国々のほぼ3倍であった。このことは1956年に私の友達の言葉によって実証された。彼によると、彼のギリシャ系アメリカ人でビジネスマンの父はボストンで心臓発作で最近亡くなったが、一方、彼の祖父は祖国のギリシャの農園で健康的で元気に暮らしているとのことだった。
表 6
40ー59歳男子の10年間の虚血性心疾患(IHD)による国別の死亡率と飽和脂肪によるエネルギー。
キーズ,1980(73)より再計算
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さらに沢山の疫学的研究があり、その内あるものは人種による罹患性の違いを除くために、海外移住者と移住しなかった人たちの健康記録を比較した(140)。ある調査ではカリフォルニアに移住して少なくとも部分的に食事がアメリカ的になった日本人の虚血性心疾患(IHD)は、日本の対応する住民の非常に低い罹患率のほぼ3倍であった(141)。
だれもアメリカ人に日本食を摂るように説得することはできないので、 ”地中海食事” は実践できる理想になり始めた。しかし、 ”地中海食事” は1950年および1960年代にどのような構成だったろうか?かなり大きな違いがあった。ユーゴスラビアの一つの研究地域では1日96gの魚を食べ、他の研究地域では皆無であったが、IHD死亡率は似ていた。ギリシャ人コミュニティでは1日35gの肉しか食べず、一つのユーゴスラビア人コミュニティでは1日200gであったが、IHD死亡率はやはり似ていた。ギリシャ人およびイタリア人のコミュニティは大量の果物と野菜を消費していたが、ユーゴスラビア人はオランダ人やアメリカ人のグループより多くはなかった(142,143)。
ジェイムズ(Philip James)と共同研究者が提出した、地中海食事は "保護作用がある(安全である)のか、または毒性が無いのか” の疑問が解決されないままである(144)。他の国のもっと豊かな食事は、水素添加された油からのトランス-脂肪酸の存在によって悪化したのか、葉物野菜からの抗酸化物の不足によるのであろうか?1985年にこれらの疑問は将来の研究に任せられていた。
リポタンパク質. ▲
コレステロールはタンパク質と結合して血液中で運ばれる。1950年にバークレー・グループは血清リポタンパク質を分離する方法を開発し、低密度-またはβ-リポタンパク質が高いと動脈硬化の危険が高くなることを示唆した。1959年にオルソン(Robert Olson)はこの分画が重要である事実を提供した。1977年にNIHの膨大なフラミンガム(Framingham)研究は、リポタンパク質の調査が行われていた79人の冠状動脈死の解析によって、最高の危険はHDLすなわちα-リポタンパク質のコレステロールが低いヒトであることを示した。44 mg/100 mLまたはそれ以下なら、105/1,000であり、それより多い場合、 48/1,000 であることを示した(147)。言い換えると、HDLは良い形のコレステロールであった。しかし、この形のコレステロールは全体の一部に過ぎないので、全ステロールを測定した以前の研究は今でも価値がある。
学術研究会議(NRC)の、ガンに対する食事と栄養の影響を研究する委員会は1982年に、”食事のすべての成分を研究した限りで、疫学的および実験的な事実を総合すると、脂肪摂取とガン....とくに乳がん、直腸がん....の間の原因関係が最も強く示唆される。コレステロールとガン危険率の関係はあまりも制限が多いので、結論を出すことが出来ない” と報告した(148)。
多価不飽和脂肪酸. ▲
以前のセクションで述べたように多価不飽和脂肪酸(PUFA)は、 C-20 に鎖を延ばし、種々のホルモン活性を持っているプロスタグランジンを作ることが示された。とくにプロスタグランジンのあるものは血小板の凝固を促進するが、あるものは主として阻害する(149)。このことは多価不飽和脂肪酸を多く消費する人たちで動脈壁のプラーク(アテローム斑)生成の少ないことを説明できた。
また、多価不飽和脂肪酸が血圧降下作用を示すのは、プロスタグランジン類合成のバランスが好適な状態のためとまず考えられた(150)。しかし、プロスタグランジン類をラットに注射すると、短時間の効果しか見られなかった。これは多分プロスタグランジンは不安定であり、作用する組織で合成されなければならなかったからであろう(120)。
植物の不飽和脂肪が動物の飽和脂肪に比べて、人間でもラットでも、血清コレステロールレベルを下げることが最初に見つかったときに、これまで知られている必須脂肪酸(EFA)すなわちリノール酸および多分リノレン酸が多いためと考えられた。魚油は不飽和度は高いものの上記の2種の脂肪酸は少ないので、血清コレステロールを低下させるとは思っていなかった。しかし実際は、ヒトに対してもラットに対しても、魚油は植物油と同じまたはそれ以上に有効であった(151-153)。
続いて魚油は血清脂質を下げるだけでなく、虚血性心疾患予防に有効なことが示唆された。魚油の多価不飽和脂肪酸 C20:5(n-3) エイコサペンタエン酸からのプロスタグランジンは、植物のリノレン酸誘導体である C20:4(n-6) 由来のものより、血小板凝固を抑える効果の極めて大きいことが示された(154)。魚油の効果は続いての研究で示されたが、出血時間がある程度長くなることが観察された(155)。
この期間の最後にオランダから、魚を毎日ゼロから45gまで摂取する800人以上の中年男性の追跡結果が報告された。20年の研究で78人が虚血性心疾患(IHD)で死亡し、"高度消費者" の危険率は消費しない人たちの42%に過ぎず、消費が増えるほど危険率の低下傾向が見られた(156)。
食物繊維. ▲
アフリカの異なる場所で長年の経験をもった2人の医師がそれぞれ、工業国ではふつうである非感染性疾患が、その地ではあまりに少ないことに印象を受けた。1969年にバーキット(Denis Burkitt)は35〜64歳の男性で結腸と直腸のガンが、コネチカットでは東アフリカの約10倍であり、プエルトリコや多くのアジアの国はその中間であることを、指摘した。彼は ”腸のガンその他の非感染性の病気は調べたところ、残渣が多い食事の国では稀で、残渣が少ない食事の国では普通である。異常な腸内細菌叢の作用で作られた発ガン物質が腸粘膜と長いあいだ接触しているのが、これらの病気の発現率が多い理由であろう....” (157)。1972年にトロウェル(Hugh Trowell)は発展途上国で人たちを虚血性心疾患(IHD)から守っているのは食物性繊維が多いことであろうと示唆した(158)。これらやその他の論文に続いて食事における繊維の役割に興味が持たれるようになったが、食物繊維にはいろいろな種類があって定義の困難なことが理解された。それに加えて果物や野菜を大量に食べることによって繊維を多く摂取している人々は、タンパク質や脂肪の摂取は少ない傾向があった。ここで3つの論文を引用しよう。ミネソタ大学のキーズらは、脂肪を一定にして、穀物やショ糖の代わりに大量の果物と野菜を与えることによって、血漿コレステロールは10%低下したが、これは必ずしも繊維が増えたためとは言えなかった(159)。オーストラリアの研究では、15g/dの柑橘類ペクチン(いわゆる”水溶性繊維")は緩下剤の作用は無いが血漿コレステロールを13%低下させたが、セルロースは緩下剤の効果しか無かった(160)。大腸で繊維が発酵すると短鎖脂肪酸(SCFA)量を増加させ、これが抗ガン作用を持つ可能性が示唆された(161)。
この期間に、西側諸国風の食事を摂っている共同体では種々の非感染性の成人病の多い事実が強く認められた(162,163)。西側諸国風の共同体でも菜食主義者は虚血性心疾患の危険性が低いことが観察されたが、これが果物と野菜(したがって繊維)の摂取が多いからか、動物性脂肪の摂取が少ないからかは明らかでない(164)。食物繊維の緩下剤作用は評価され続けているが、繊維の少ないことが西側諸国風の食事を摂っている住民で大腸ガンが多いことに直接の原因となる特異的な因子であるか否かは証明されていない(148,165)。また南アフリカで、町(訳注:南アフリカでは黒人居住地区)に移って繊維が少ない西側諸国風の食事を摂るようになったアフリカ人で、直腸ガンのやはり少ないことが確かめられた(166)。
エピローグ (目次へ)
ある人々にとって栄養科学は実質的には1945年までに完成したように見えたが、40年後になってもそうではなかった。
人々が栄養学的な助言を入れるようになったとともに、煙草を吸わなくなったことや良い薬品が手に入るようになったので、裕福な国々では虚血性心疾患が減ってきている。しかし、肥満およびそれに伴う糖尿病の問題はいまだに増加していて、栄養科学は運動をしていない人たちには容易な解答を与えることができないでいる。1985年までに技術は進歩したが、人間機械は同じである。一部の人々はこれまでの労働-休息サイクルを逆にしている。すなわち、仕事(および旅行)を座って行い、休息をトレッドミル上でとっている。
200年にわたる先輩たちの努力と素晴らしい成果を敬意をもって振り返ることができる。それとともに特定の個人や住民の統計的平均の人々についてしなければならないことが残っている。食品中にあって病気に抵抗する役割を持っているような栄養素ではない化学物質についての研究は、ほんの始まったばかりである。
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(訳者 水上茂樹)
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