西南女学院大学

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6: リービッヒの栄養学的妥当性に挑戦

The Journal of Nutrition Vol. 127 No. 5 May 1997, pp. 1017S-1053S
Paper 6: Liebig's Concept of Nutritional Adequacy Challenged (Hart et al., 1911)
Alfred E. Harper, University of Wisconsin, Madison, WI

リンク:栄養学の考え方を変えさせた実験 (原論文)


90年昔に戻ったとしよう。1906年である。タンパク質といくつかのミネラル(ナトリウム、カリウム、カルシウム、リン、鉄)は必須栄養素であるが、微量元素、ビタミン、脂肪酸の必要性は知らなかった。タンパク質、幾つかのミネラル、エネルギー源(脂肪と炭水化物)が栄養に適当な食事のすべての成分(訳注:近似分析 (proximate method) による成分)であるとする、1850年代からのリービッヒの概念は栄養学的考え方を支配していて、ドイツのフォイト、アメリカ農務省のアットウォーターやラングワーシー (Langworthy) のようなこの分野の指導者たちに広く受け入れられていた (Harper 1993)。何人かの研究者たちはリービッヒの概念の正当性に疑いを示したが、彼らの報告は科学文献に埋もれてしまった (McCollum 1957, p. 201)。

ハート (E.B.Hart)はバブコック (S.M.Babcock)の後任として、ウィスコンシン大学の農芸化学教授となった。バブコックは近似分析による全体の成分が同じであっても、異なる穀物からなる飼料(訳注 ration:K-rationなどrationは兵士の携行食によく使われる)で飼った雌牛のミルク生産が異なることに気がついていた。彼は、飼料の生理学的価値は全体的の化学成分の知識によって予測できるとするリービッヒの主張に疑問を持つていると、ハートに話し (Hart 1932) 、リービッヒの仮説を試すように勧めた。

1907年にハートは畜産学講座のハンフリー (G.C.Humphrey) と共同で、”ウィスコンシン単一穀類実験”と呼ばれるようになった研究を計画した。彼は化学分析をするためにマッカラムを採用し、スティーンボック (Harry Steenbock) が学生助手となった。実験の目的は、全体的な成分およびエネルギー含量が類似している、トウモロコシ、小麦、燕麦、混合(上記3種)の4種の飼料を、それぞれ4グループの若雌牛に与えて、結果を比較することであった (Hart et al. 1911)。

生後6月で300-400ポンド (lb)の16匹のショートホーン種若雌牛は2生殖期のあいだ4種類の飼料(毎日乾燥重量14ポンド)が与えられた。それぞれは次の成分 (lb/d)からなっていた。トウモロコシの餌はコーンミール 5、コーングルテン 2、コーンストーバー(飼い葉用の茎[葉]) 7からなり、燕麦の餌はオートミール 7、オートわら 7からなり、小麦の餌は粉末小麦 6.7, 小麦グルテン 0.3, 小麦わら 7からなり、混合餌は他の3種を同量づつ混ぜたものであった。

実験期間中に4グループが消費した飼料の平均は毎日14.5 から 15.2 lbで大きくは変わらなかった。4種の飼料の粗消化率は乾燥重量に関しても窒素に関しても平均して65 ± 3%であって有意義の差は無かった。

1年および3年後の各グループの体重増加は表1に示す。トウモロコシ餌グループは小麦餌グループに比べて体重増加が大きいように見えるが、SDが大きいことから判るようにグループ内のばらつきが大きく、成長に違いがあるとは言えなかった。

表 1. 単一の穀類で飼われた雌ウシの体重増加1

グループ 年 1  年 3 

ポンド
トウモロコシ 471 ± 64  726 ± 55 
燕麦 408 ± 55  824 ± 89 
混合餌 410 ± 37  724 ± 149 
小麦 353 ± 67  665 ± 86 

1 値は平均 ± SD. Hart et al (1911)より

グループの反応の最初の明らかな違いはまず最初の年の後の外見であった。トウモロコシ食餌を与えられた雌牛は光沢ある毛皮を持ち、胸まで完全で、健康に見えた。小麦の餌を与えられた雌牛は毛皮が粗く、胴回りが小さく、やせ衰えて見えた。他の2グループはトウモロコシグループと小麦グループの中間であった。

繁殖では大きな相違があった (Table 2)。トウモロコシの餌を与えられていた雌牛から生まれた子牛は2年とも強く元気が良くすべて生きた。小麦の餌を阿多えられた雌牛はすべて3−4週早く出産した。2年とも子牛は弱く1匹も12日以上は生きなかった。やはり、他の2グループは中間であった。1909年、子を生む最初の年に、燕麦餌のグループと混合餌のグループは弱い子牛を産み燕麦餌グループでは2匹、混合餌グループでは1匹が数日以上生きた。1910年には両グループともに良好であった。子牛はすべて妊娠期間が満ちて、燕麦餌グループの2匹、混合餌グループの1匹は生きたが、トウモロコシ餌グループより弱かった。子牛の平均体重はトウモロコシ、燕麦、混合、小麦のグループについてそれぞれ78, 72, 62 , 49ポンドであった。

表 2. 雌ウシの状態1

グループ 1909 1910

トウモロコシ 1909年も1910年も元気で健康; すべて生存
6日早産 早産無し
燕麦 すべて弱い 3 かなり健康, 1 弱い
2 死亡, 2 生存 すべて生存 2.5 日 早産
12.5 日 早産
混合 1 健康, 1 弱い 1 弱い, 1 かなり健康
2 死亡, 1 生存 1 誕生 dead, 2 生存
1 流産
12 日 早産 4 日 早産
Wheat 3 弱い, 1 死産 すべて弱い. 2 雌ウシ 死亡
生存なし >12 日 生存なし
26 d 早産 24 d 早産

1 Adapted from Hart et al (1911).

それぞれのグループのミルク生産は初乳分泌の終了から毎年30日のあいだ測定した。小麦飼育グループとトウモロコシ飼育グループのあいだのミルク生産量の差は大きかった。それぞれのグループの平均値(lb/d ± SD, カッコ内は観察数)は次の通りであった。トウモロコシ飼育グループ、26 ± 3.5 (8);燕麦飼育グループ、 22.9 ± 6.5 (6);混合餌飼育グループ、 20.4 ± 1.5 (5);小麦飼育グループ、 14.1 ± 2.6 (4)。小麦飼育グループの平均を計算するにあたって、病気で死んだ一匹の雌牛の値および異常に低い一匹の値を除いた。 ミルク成分(全固形分、タンパク質、カゼイン、灰、脂肪)および乳脂肪の特性についてとくに違いはなかった。

小麦餌は化学分析により他の餌よりカルシウム、マグネシウム、カリウムの少ないことが知られていた。したがって小麦餌飼育の2匹の雌牛は最初の1年間はこれらの水準が他の餌と同じになるようにサプレメントを行った。雌牛の条件はとくに良くはならなかった。そのうちの1匹から産まれた子牛は小さく弱く、数時間しか生きられなかった。

実験が終わった後で一部の雌牛は次の1年間 (1910-1911)他の餌に切り替えられた。小麦からトウモロコシに切り替えられた1匹は活力も健康も急速に改良された。前の2年に産んだ子牛の体重は47および48ポンドであったが、その次の年に産まれた子牛の体重は81ポンドであった。トウモロコシ餌から小麦餌に切り替えカルシウム、マグネシウム、カリウムをサプレメントされた雌牛は悪化した。以前の2年の子牛の体重は93、85ポンドであったが、18日早い死産で体重は36ポンドであった。

著者たちは次のように結論した。1)餌の栄養価は消化可能な全栄養素およびエネルギー含量の測定によって確実に予想することは出来ない。2)成果の違いはタンパク質成分の違いによるとは思われない。何故かというと、タンパク質混合物を与えたものは単一穀物を与えたあるもののように良く成長しなかったからである。3)ミネラルが不適当なことが原因とは考えられない。ミネラルをサプレメントは小麦餌の雌牛の結果を良くしなかったからである。彼らはこれらの可能性を除くことができたとは主張しなかった。

彼らは”我々の結果のしかるべき説明は無い”と述べた。小麦餌飼育グループの劣る成果を未知の必須栄養素の欠乏によるとはしなかた。しかし、基本的な餌の一部を被検物質で置き換えて、成長またはその他の反応を測定することによって、食物や餌の生理的価値を決定できると、彼らは提唱した。

今日の視点から、小麦餌で飼った雌牛の結果が劣る原因を何か特別の栄養素欠損を確定できるだろうか?小麦餌でカルシウムとマグネシウムのレベルは低い。マグネシウムのレベル0.16%は乳牛に適当であるが、カルシウム0.16%は限界であり (Shepherd and Converse 1939)、0.3%が推奨されている (Scott 1986)。それにもかかわらず、小麦餌で飼った雌牛の低い繁殖能力はハートたちが書いたようにカルシウムとマグネシウムのサプレメントによって改良されなかった。小麦餌の脂肪含量は低い。乳牛は少なくとも2%の脂肪を必要とする(Shepherd and Converse 1939)。小麦餌で飼った雌牛で見られたようなミルク生産の低下は乳分泌期の乳牛における脂肪酸不足の初期徴候である。

さらに、飼い葉のカロテノイド含量は貯蔵によって減少し、冬期に数月保存された飼い葉で飼った雌牛にビタミンA欠乏がよく起きる。ビタミンA欠乏の乳牛でよく見られる徴候は早産であり、死産または産まれてすぐに死亡する。カロテノイドが豊富なトウモロコシ餌を与えられた雌牛の繁殖能力は優れている。小麦餌を与えられた雌牛の繁殖能力は低い。McCollum (1964) は脱穀にさいして葉が失われるためとした。しかし、燕麦餌飼育グループの繁殖能力は1年目は低く、2年目はあるていど良かった。餌のカロテノイド含量が年によって異なることを示唆している。このようにしてグループによる繁殖能力の違いはビタミンAレベルの違い、たぶん餌のカロテノイド含量の差によると考えられ、小麦餌飼育グループの場合は脂肪の不充分な摂取および限界に近いカルシウム摂取によって悪化しているのであろう。

この実験の結果は、食餌の価値がタンパク質含量、幾つかのミネラル、エネルギー源だけでなく、他の成分にもよることをアメリカ国内の研究によって示した最初の明白な事実であった。これはリービッヒとフォイトによる栄養学的に正しい食事の考えの終わりを告げる弔鐘であった。純化されたり制限された餌がニワトリ、ラット、モルモットにとって不適当であることを示したヨーロッパの研究者による観察(シンポジウムの緒論参照)とともに、食品成分の栄養学的必須性についての考え方の方向を鋭く変化させることに大きく貢献した。Maynard (1962) はハートその他の観察は”後のビタミン、アミノ酸、微量ミネラルの発見に導いた研究の多くを推進した”と述べた。

この実験の間にハート教授は動物でミネラルと有機物質の代謝のプロジェクトを始めた。これらの研究はウィスコンシンで50年以上も続けられた (Elvehjem 1953)。これから、ハートその他による微量ミネラル、とくにヨウ素と銅についての貢献;マッカラムその他による脂溶性Aおよび水溶性Bの必要性および2種の脂溶性AとDの必須性;およびスティーンボックらによるビタミンDについての知識およびビタミンA活性は植物の黄色のカロテノイド色素に関連することの発見;などが生まれた (Ihde 1965)。

文献

Elvehjem C. A. Edwin Bret Hart. J. Nutr. 1953; 51:1-14
Harper, A. E. (1993) Nutritional essentiality: historical perspective. In: Nutritional Essentiality: A Changing Paradigm (Roche, A. F., ed.), pp. 3-11. Report of the Twelfth Ross Conference on Medical Research, Ross Products Division, Abbott Laboratories, Columbus, OH.
Hart, E. B. (1932) Obituary of Stephen Moulton Babcock. J. Assoc. Off. Agric. Chem. (Feb.): iii-v.
Hart E. B., McCollum E. V., Steenbock H., Humphrey G. C. Physiological effect on growth and reproduction of rations balanced from restricted sources. Univ. Wis. Agric. Exp. Stn. Res. Bull. 1911; 17:131-205
Ihde, A. I. (1965) The basic sciences in Wisconsin. Wis. Acad. Trans. 54 (part A): 33-41.
Maynard L. A. Early days of nutrition research in the United States of America. Nutr. Abs. Rev. 1962; 32:345-355
McCollum, E. V. (1957) A History of Nutrition. Houghton-Mifflin, Boston, MA.
McCollum, E. V. (1964) From Kansas Farm Boy to Scientist. University of Kansas Press, Laurence, KS.
Scott, M. L. (1986) Nutrition of Humans and Selected Animal Species. Wiley, New York, NY.
Shepherd, J. B. & Converse, H. T. (1939) Practical feeding and nutritional requirements of young dairy stock. In: Food and Life. Yearbook of Agriculture, pp. 597-638. U.S. Department of Agriculture, Washington, DC.

(訳者 水上茂樹)

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