西南女学院大学

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20: グルタチオンペルオキシダーゼ: セレンの役割

The Journal of Nutrition Vol. 127 No. 5 May 1997, pp. 1017S-1053S
Paper 20: Glutathione Peroxidase: A Role for Selenium (Rotruck 1972)
Richard A. Ahrens, Department of Nutrition and Food Science, College of Agriculture and Natural Resources, University of Maryland, College Park, MD

リンク:栄養学の考え方を変えさせた実験 (原論文)


セレンの最初の実際的な生物学的興味はセレンとアルカリ病との関係で1930年代に起こった。この病気は北極に近い地域で”blind stagger:盲目よろめき症”とも呼ばれ、これらの泥板岩地帯に生えた飼料によるセレン中毒である。このような中毒にたいする治療法は非常に少量のヒ素化合物を家畜の餌または水に加えることであった。

しかし、K. Schwarz and C. M. Foltz (1957)は微量のセレンがビタミンE欠乏ラットの肝臓壊死を予防できると報告した。ビタミンEは抗酸化性栄養素として知られているので、酸化的傷害を修復または予防するセレンの役割が求められた。酵素グルタチオンペルオキシダーゼは同じ年にG. C. Mills (1957)によって発表された。グルタチオンペルオキシダーゼはヘモグロビンを酸化的分解から守る酵素として報告された。1957年には誰もこれらの2つの発見を結びつけなかった!

1968年にロートラック (John T. Rotruck) はウィスコンシン大学でPh.D.になるためにヘクストラ (W.G.Hoekstra) の実験室で研究することになった。よくあるように他の教員と研究することになっていたが、その教員は休暇をとることになった。ヘクストラは主として代謝にたいする亜鉛の影響を研究していた。彼はセレニウムもグルタチオンペルオキシダーゼも専門ではなかったが、微量金属の全領域に詳しかった。セレンの作用様式を抗酸化の可能性と結びつけて理解する試みは存在していたが、この理論は一般には受け入れられていなかった。事実、ウィスコンシン大学教員の一部はセレンが酵素の一部と信じなかったことを、ロートラックは思い起こしている。彼は最後の2年のPh.D.プログラムにおける彼特有の猛烈な研究をするのに先立って、1968年と1969年には主として授業を受けていた。

熱心な大学院学生なのでロートラックはグルタチオン生化学の文献を読んだ。セレンと硫黄が化学および生化学で似ているからであった。グルタチオンはグルタミルシステイニルグリシンの通称で、したがって、グルタミン酸、システイン、グリシンからなるトリペプチドである。システインのSH基 (sulfhydryl) は反応性に富み、酸化されると他のグルタチオン分子とSS結合 (disulfide) を形成する。グルタチオンは他の分子を還元型に保つ還元剤として機能し、体内で過酸化水素を水にする。酸化されて2分子がSS結合で結合すると、再びSH型に還元される。この反応を触媒する酵素はグルタチオンレダクターゼと呼ばれ、この還元を行うための水素源としてNADPHが利用される。

1969年8月にロートラックはBiochemical Journalを閲覧していて、R. E. Pinto と W. Bartley (1969)の論文に気がついた。この論文はラット肝臓ホモジェネートのグルタチオンペルオキシダーゼとグルタチオンレダクターゼにたいする年齢と雄雌の性差に関するものであった。この論文にはグルタチオンとグルタチオンペルオキシダーゼを結びつけるグルタチオン代謝経路が画かれていた。この図にはグルタチオン、グルタチオンレダクターゼ、グルタチオンペルオキシダーゼ、NADPHの関係を提起していた。またグルコース代謝がNADPHの主要な源泉であることが重視されていた。この図を目の前に置いてロートラックはこの午後にセレンがグルタチオンペルオキシダーゼで役割を果たす仮説を展開させた。彼は1ページの実験計画を書き上げ、スペル間違いやタイプ間違いがあるままで、その午後にヘクストラに提出した。ヘクストラは彼の知るかぎりではセレンがグルタチオンペルオキシダーゼに関連することについての最初の実験計画であると言って、熱心に反応した。しかしロートラックにはあと1年の厳しい授業が残っていたので、計画を実行はじめたのは1970年の夏であった。次の数月で実際の実験は急速に伸展し、75Seのグルタチオンペルオキシダーゼへの組み入れで絶頂に達した。Ph.D.論文のこの部分は完成に約12月かかった。

この研究についての最初の論文 (Rotruck et al. 1971) は、ラット赤血球溶血の食餌セレンによるグルコース依存性in vitro保護であった。この年にロートラックはウィスコンシン大学を離れてProcter and Gamble社に就職した。彼はこの会社にずっと勤めて1995年に退職した。この研究の抄録は1972年のFederation of American Societies for Experimental Biology (FASEB)学会で発表され (Rotruck et al. 1972a)、ラット赤血球の酸化的傷害の食餌セレンによる保護はさらにこの年おそくにJournal of Nutrition (Rotruck et al. 1972b)に刊行された。この部分の研究にロートラックはグルタチオンペルオキシダーゼについての Mills (1957) の論文の方法を使い、セレン欠乏ラットには実際にグルタチオンペルオキシダーゼが無いことを明らかにした。

マディソンからのこれらの論文は議論を引き起こした。何故かと言うとドイツで研究していたL. Flohe' (1971)はウシ赤血球のグルタチオンペルオキシダーゼを分光光度計法で研究し、”タンパク質でない配合族”は存在しないと報告した。彼はロートラックの1972年の論文に否定的であったが、彼自身の以前の結論を改めて試す決心をした。翌年にロートラックの学位論文の最後の部分がサイエンスに刊行され、グルタチオンペルオキシダーゼへの75Seの取り込みと酵素にセレンの強く結合していることが示された (Rotruck et al. 1973)。この議論はFlohe' et al. (1973)がグルタチオンペルオキシダーゼは実際にセレン酵素であるとのレター(短報) を発表したことで終わりをつげた。ロートラックらの1973年の論文は1980年のNutritional Reviewで”Nutrition Classic”とされ、1988年のCurrent Contentsで”Citation Citationlassic”とされた。1989年にセレンのRecommended Dietary Allowances (RDA:所要量)が決定され、1992年にロートラックとヘクストラはKlaus Schwarz Commemorative Medalを授与された。

ロートラックはこのような発見を可能にしたのはウィスコンシン大学生化学における研究環境であったと思い起こしている。廊下の前でDeLucaの学生たちがビタミンDの作用を論じていた。廊下の先はJohn Suttieの研究室でビタミンKの役割が説明されていた。しばしばノーベル賞受賞者が来て彼らの研究の話をした。大学院学生が重要な発見をするのは当然であると彼は思っていた。もしも発見しなかったら、無能と思ったに違いない。彼は自分が”一生に一度”の発見をしたとは思っていなかったであろう。彼は大発見をしたのである!

文献

Flohe' L. Die Glutathioneperoxidase: Enzymologie und biologische Aspekte. Klin. Wochenschr. 1971; 49:669-683
Flohe' L., Gunzler W. A., Schock H. H. Glutathione peroxidase: a selenoenzyme. FEBS Lett. 1973; 32:132-138
Mills G. C. Hemoglobin catabolism. I. Glutathione peroxidase, an erythrocyte enzyme which protects hemoglobin from oxidative breakdown in the intact erythrocyte. J. Biol. Chem. 1957; 229:189-197
Pinto R. E., Bartley W. The effect of age and sex on glutathione peroxidase activities and on aerobic glutathione oxidation in rat liver homogenate. Biochem. J. 1969; 112:109-115
Rotruck J. T., Hoekstra W. G., Pope A. L. Glucose-dependent protection by dietary selenium against haemolysis of rat erythrocytes in vitro. Nature New Biol. 1971; 231:223-224
Rotruck, J. T. et al. (1972a) Relationship of selenium to GSH peroxidase. Fed. Proc. 31: 691 (abs. 2684).
Rotruck J. T., Pope A. L., Ganther H. E., Hoekstra W. G. Prevention of oxidative damage to rat erythrocytes by dietary selenium. J. Nutr. 1972b; 102:689-696
Rotruck J. T., Pope A. L., Ganther H. E., Swanson A. B., Hafeman D. G., Hoekstra W. G. Selenium: biochemical role as a component of glutathione peroxidase. Science 1973; 179:588-590
Schwarz K., Foltz C. M. Selenium as an integral part of factor 3 against dietary necrotic liver degeneration. J. Am. Chem. Soc. 1957; 79:3292-3293

(訳者 水上茂樹)

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