The Journal of Nutrition Vol. 127 No. 5 May 1997, pp. 1017S-1053S
Paper 16: The Concept of Trace Element Antagonism: The Cu-Mo-S Triangle (Dick, 1952-1954)
Boyd L. O'Dell, Department of Biochemistry, University of Missouri, Columbia, MO
リンク:栄養学の考え方を変えさせた実験 (原論文)
2つまたはそれ以上の微量要素の拮抗相互作用の概念の本当に正確な起源は完全には明らかでないが、この論文はこのような生理学的な拮抗作用についての最初に記載された幾つかの事実を展望する。2方向の相互作用だけでなく、銅、モリブデン、硫酸が個々および全体的に相互に作用する3方向の相互作用も記載する。
1938年にファーガソンと協同研究者たちは、南イングランドの"teart"地域に育ったまぐさは他の地域の牧草に比べてモリブデン濃度が高いと報告した。"teart"地域は約20,000エーカーの地域で、ここに放牧されたウシとヒツジはひどい下痢をして具合が悪かった。ウマは影響されなかった。正常のまぐさに"teart"のまぐさと同量の可溶性モリブデン酸を加えると、乳牛に同様な下痢が起きることを著者たちは観察した。この論文はモリブデンが他の特定の栄養素と相互作用があることを示さなかったが、反芻動物の餌に微量のモリブデンがあると健康に害のあることを示した(Ferguson et al.1938)。
銅とモリブデンの拮抗作用の事実はオーストラリアから得られた。オーストラリアにおける観察は、ヒツジの慢性銅中毒で起きる’地方病性黄疸’という、全く異なる問題の調査中に行われた。この国の特定地域に起きる慢性銅中毒について研究しているときに、Dick and Bull(1945)は偶然にモリブデンのサプレメンテーションによって、ヒツジの肝臓への銅蓄積が減少することを観察した。同様の観察はニュージーランドのCunningham(1950)によってもなされた。彼は"peat scours:泥炭下痢"と関連して銅とモリブデンの相互作用を研究した。アメリカでComar et al.(1949)はモリブデンのサプレメンテーションがウシ肝臓で銅蓄積を下げること、およびフロリダ地域でモリブデン摂取によって銅欠乏の起きることを、報告した。この一連の研究はCu-Mo拮抗作用の概念を確立し、餌にモリブデンが多いと銅欠乏を起こす可能性が示唆された。また正常銅含有の飼料でモリブデンが低いとヒツジに銅中毒が起きやすくなることも示唆した。
これらの実験はCu-Mo拮抗作用を示したが、間もなくもう一つの食餌因子がこの相互作用に影響を与えることが明らかになった。Cu-Mo-Sの三方向の相互作用の概念が一連の論文によって生まれた(Dick 1952, 1953a, 1953b and 1954)。この問題が本論文の中心である。このシリーズの最初の論文(Dick 1952)は、モリブデンの他に未知のある食餌成分がヒツジ肝臓における銅蓄積に影響することを示した。顕著なデータを表1に示す。銅とモリブデンのサプレメントをそれぞれ毎日10mgの一定にしておいても、燕麦とアルファルファ (lucerne)干し草の比を増やすと、銅蓄積の増えることが明らかに示された。燕麦とアルファルファの両飼料の割合を等しくすると、全肝臓の銅は6月間に35mg増加した。この数値は同様な条件でモリブデンを加えないときに観察された約135mg増加と比較できる。燕麦だけを飼料としたときにはモリブデンを加えても増加は113mgであった。燕麦で飼ったヒツジ血液のモリブデン濃度はアルファルファ飼育にくらべて10倍なのは特筆すべきである。燕麦にはほとんど無くアルファルファにある自然成分が、銅とモリブデン間の生理的な相互作用に影響していることを、この実験は明らかにした。
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このシリーズの次の論文(Dick 1953a)は、無機硫酸が血液モリブデンを低下させるアルファルファの成分であることを決定した。Dick (1953a)はアルファルファの水抽出物に硫酸イオンを多く含み、抽出液はアルファルファそのものと同じモリブデン濃度低下作用があることを、認めた。図1に要約した結果は燕麦飼料を与え、1日あたり10mgのモリブデンをサプレメントしたヒツジに、硫酸カリウムを投与すると、血液モリブデンが低下することを示している。血液モリブデンの低下は腎からのモリブデン排泄の増加の結果であり、これは尿量とは無関係であった。この実験および関連した実験はMo-S相互作用を確立した。
図 1 モリブデンの血液濃度(mcg/100 mL)および尿排泄量(mg/d)に及ぼす硫酸カリウム1回経口摂取量の影響。ヒツジは燕麦飼料で飼育し、毎日モリブデン10mgをモリブデン酸アンモニウムとして呑ませた。採血と採尿は7日間行い、硫酸の摂取は矢印で示した。Dick (1953a)の図 4から。
続いてDick(1953b)は、硫酸がモリブデンと共に肝臓の銅蓄積を押さえるアルファルファの因子であることを示した。2つの実験の関係あるデータを表 2に示す。すべてのヒツジに毎日約10mgの銅を与え、あるものには10mgのモリブデンを追加した。ヒツジに燕麦飼料を与えているとモリブデンの添加は肝臓銅蓄積には影響が無かったが、アルファルファを与えているとモリブデンは銅蓄積を減少させた。燕麦食餌に2.2gまたは4.4gの硫酸およびモリブデンを添加すると、銅蓄積はモリブデンを添加したアルファルファで飼ったヒツジと同程度に低下した。硫酸の低いレベル(2.2g)は、燕麦またはアルファルファ飼料で飼ったヒツジの肝臓銅を低下させることにおいて、高いレベル(4.4g)と同じだった。これらの実験は肝臓銅蓄積において銅、モリブデン、硫酸の間に3方向の相互作用があることを明らかに示した。
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餌にモリブデンと硫酸を添加したときに肝臓銅蓄積の減少は観察されたにもかかわらず、表 3のデータが示すように血液銅濃度は上昇した。血液銅濃度はモリブデンと硫酸レベルが上昇すると上昇し、相互作用の存在が見られた。血液銅濃度が上昇しても、銅は生物機能には利用できなかった。大量のモリブデンと硫酸、および見かけ上は適当な銅で飼ったヒツジは、血液銅が正常または正常以上であっても、銅不足の症状が見られた。毛に縮れが失われ、肝臓銅濃度が低下した。モリブデンと硫酸摂取の多いこれらの条件では、明らかに血液銅は銅の有効状態を示すものではなかった。何故かと言うと血液銅濃度が正常または高くても、銅欠乏症状が起きたからである。
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Cu-Mo-S相互作用の解釈はSによって銅とモリブデンの両方が生物学的に利用できないようになり、モリブデンは食餌Sの存在のもとでのみ銅の利用度を下げる事実を説明しなければならない。Suttle (1974)は不溶性の著しいテトラチオモリブデン酸銅が硫化物が多い”こぶ胃(反芻動物の第一胃)”でできることを指摘した。これは銅の吸収が低いことを説明したが、血液銅濃度が高いことは説明しなかった。ふつう血液の全部の銅はトリクロール酢酸(TCA)で溶けるが、モリブデン酸摂取が多いときにこのことは成立しない。この現象を説明するためにDick et al. (1975)はジ-、トリ-、テトラ-モリブデン酸を合成し、これらをin vitroで血液に加えるとTCA不溶性銅分画が作られ大部分の銅がこれに含まれることを観察した。テトラチオモリブデン酸を静脈に注入すると、すぐに血液中TCA-不溶性銅が上昇した。したがって、”こぶ胃”におけるチオモリブデン酸銅、とくにCuMoS4、の生成によって、モリブデンの摂取が高いときに銅の吸収が低いことを説明できる。チオモリブデン酸の吸収およびそれに続く血液中におけるCuMoS4の生成が、生物学的に利用できない高濃度血液銅を説明する。
ここに記載した実験は、細菌発酵が消化で重要な役割を果たしている反芻動物における銅、モリブデン、硫酸の3方向の相互作用を明らかにしている。単胃(胃が一つしかない)動物ではこの相互作用はそれほど劇的ではなかった。何故かと言うとチオモリブデン酸複合体を作るのに使われる硫化物が少ししかできないためである。”こぶ胃”の微生物叢はふつう3方向相互作用に主な役割を演ずるが、単胃動物でもチオモリブデン酸摂取によって示すことができた。興味あることとして、ヒトのWilson病の治療にテトラチオモリブデン酸が使われた(Brewer et al. 1994)。この遺伝病は組織に銅蓄積を起こすもので、チオモリブデン酸は銅と複合体を作って銅の吸収を阻害し、銅中毒と拮抗する。このCu-Mo-S相互作用の研究から何を学ぶことができただろうか?まず第一に出発点から科学の将来を予測することはできない。この例ではヒツジの病気の毒物学的研究が、銅欠乏に関係する複雑な相互作用の研究に導かれ、最終的にはヒトの病気の治療薬品の研究に導かれた。
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