The Journal of Nutrition Vol. 127 No. 5 May 1997, pp. 1017S-1053S
Paper 10: Copper as a Supplement to Iron for Hemoglobin Building in the Rat (Hart et al., 1928)
Leslie M. Klevay, U.S. Department of Agriculture, Grand Forks Human Nutrition Research Center, Grand Forks, ND
リンク:栄養学の考え方を変えさせた実験 (原論文)
Hopkins (1906) と Funk (1912)が20世紀始めにある種の病気は付属的 (accessory) または必須の食品要素の不足によって起きるという洞察力のある予言をしたにもかかわらず、かれらが引用した観察は”当時の医学者および化学者には未知”であった (McCollum 1957)。しかし1928年までに生理学者、生化学者、さらには大衆 (Allen 1931)までが追いついた。HopkinsとFunkが彼らの目を開いたので、有機栄養素の役割についての多くの重要な研究は1920年代になされた (McCollum 1957)。
影響力があったオスラーの1926年版の教科書 (Osler and McCrae 1926)には2種類の貧血があげられている。二次的または症状的な部類には、出血、感染または中毒が含まれていた。一時的または本態的な部類には、萎黄病、悪性貧血 (pernicious anemia)および鎌状貧血 (sickle cell anemia) だけがあげられていた。これら3つのうちで萎黄病だけには有効な治療法があった。オスラーは萎黄病の鉄療法による処理を、”我々が持つたった3つから4つの特異的な治療法のうちでもっともすばらしい例の一つである”とし、”萎黄病が鉄によってどのようにして治療されるかは小さなことだ”と述べた。オスラーは鉄欠乏性貧血の存在を推察しなかった (萎黄病の病因は知られていなかった)。アスコルビン酸、コバルト、葉酸、ナイアシン、パントテン酸、ピリドキシン、リボフラビン、チアミン、ビタミンE、その他の欠乏による貧血は知られていなかった (Wintrobe 1967)。
Hart, Steenbock, Waddell, Elvehjemはたしかに栄養学の状況をよく知っていたし当時の栄養学の知識も持っていて、オスラーを読んでいた医師たちより先に進んでいた。瀉血によってイヌに貧血を起こさせ血液の再生を測定して食事成分の栄養価値を解析したWhipple et al. (1920)の方法と、ハートたちの実験デザインは似ていた。彼らは食事によって動物を貧血にした。彼らの研究シリーズの最初の論文では、高純度の鉄塩を与えることによっては、ウシのミルクだけ与えたラットの貧血が良くならないことが示された。しかし、同量の鉄にレタス、トウモロコシ、ウシ肝臓の灰 (酸抽出物)を加えることは、正常ヘモグロビン濃度にするのに非常に有効であった。
彼らは7番目の論文 (Hart et al. 1928) で銅が必須栄養素であることを明白にした。著者たちは控えめであって、これらの実験は”食餌中の少量の無機物質をもっと詳しく調べる必要がある”と結論しただけである。McCollum (1957) はこの実験およびその他の微量成分についての同様の実験は”生理学者、生化学者、病理学者の視点を著しく広いものにした”と述べた。
図1は約50匹のチャートのうちの5つである。どのチャートもラットの重さとヘモグロビンを時間軸に対してプロットしている。コーンの肝臓標品0.3g(約1.7gの乾燥ウシ肝臓相当)を与えるとラット597で”顕著な成長レスポンス”が見られたが、ヘモグロビンの増加は見られなかった。Cohn et al. (1927) は肝臓を分画して、抽出物を肝臓そのものより貧血 (訳注:悪性貧血)治療にもっと有効にしていた。ラット596はさらに0.5mg鉄を与えるとヘモグロビンは増加した。ラット615のレスポンスは肝臓標品の灰を鉄と一緒に与えると、ラット596のレスポンスに似ていた。このことは”有機栄養素の存在”がこれらの実験で有効である可能性を除外した。
Fig. 1. 横軸の幅は4週間である。成長曲線上の斜線はウシミルクの食餌に追加を始めた時である。追加は週に6日行った。上の図は肝臓標品にたいするラットのレスポンスである;下の図は肝臓標品灰の酸抽出物へのレスポンスでる。 Hart et al. (1928)から。
種々の型の灰が”正常ヘモグロビンを回復するのにきわめて効果があった”ので、灰を分画する試みは”我々の実験の初期”から行われた。すべての実験は同じ鉄摂取で行われた。ラット620は灰の酸抽出物でヘモグロビンが回復し、有効な物質(または物質群)は塩酸に溶けることが示された。彼らは灰の分画操作を”より劇的に”するために、酸抽出物を硫化水素で処理した。ラット690のヘモグロビンは、”少量ではあるがはっきりとした硫化物の沈殿”によって回復した。この沈殿物を”濾過によって除去し”、濾液をアンモニアと硫化アンモニウムで処理した。ラット688はこの第二の沈殿を与えられると、ヘモグロビンが回復することなく死亡した。このようにして、活性物質は酸不溶性硫化物であった。しかし銅以外の可能性があった (Sorum 1949)。酸による”レタスの灰の抽出物は....アンモニアによる沈殿で活性分画と非活性分画に分けることはできなかった”。
これらの実験の年代順配列は不明である。たぶんラットの番号が参考になるであろう。コーン標品の分画を研究する”少し以前に”銅の試験が行われた。図2はラット621のレスポンスであり、このラットの結果から銅の必須性が推論された。鉄と銅をサプレメントし始めたときは、成長が停止しヘモグロビンは2.68 g/dLであった。成長が再会し2週後には9.35に増え、6週で10.9となり、次いで13.3g/dlになった。”銅を加えないではヘモグロビンの上昇は起きなかったであろう”。この予備実験は1匹の動物でしか行われなかったが、効果は説得力があり助けになった”ので、チャートを記録したのは”歴史的な興味以外の何ものでもない”。3段階の銅の量で12匹のラットを用いて研究した。0.01mg銅では0.05mgおよび0.1mgほどレスポンスは急速ではなかった。中間の量では肝臓標品の灰の場合と似ていた。
図 2. ラット621、0.25mg銅(硫酸銅として)と0.5mg鉄(塩化第二鉄として)を、毎週6日与えた。chart V (Hart et al. 1928)より。
銅は植物や動物組織にあるが、”ある種の軟体動物や甲殻類を除いてはっきりとした機能が知られていない”ことを著者たちは知っていた。McHargue, Warburg, Krebsは銅が人間の血液や”イヌ、ネコ、ラット、モルモット、カエル、ニワトリ、アヒル”の血清にあることを報告していた。ウシでは臓器の中で銅がもっとも多いのは肝臓で、赤身の肉にはかなり少ないことが知られていた。
”最近になって肝臓や肝臓抽出物が....悪性貧血の治療によく使われるようになった”。”肝臓標品がラットの貧血に有効なことは、ヒトの悪性貧血に有効なことと、有意義なことと思われる”。この標品には銅が含まれ、銅のみが有効なことは、”単なる偶然の関係以上のもの”と考えた。しかし、”2種類の貧血の治療は必然的に似ている”ものでないことが示された。
この論文は鉄についてのシリーズの7番目と言うよりは銅についてのシリーズの最初と言うことができるであろう。著者たちは銅が必須栄養素であることをどこにも示唆しなかった。微量元素時代になってからの概念を集め展望をしても、驚くべきことに(銅の)栄養必須性の定義はほとんど書かれて来なかった (Klevay 1987)。ラットは銅が不足してもかなり良く成長したが、ライフサイクルを完成することはできなかった。
この発見に導いたHart et al. (1928)の銅についての実験には統計学が使われていない。Hill (1965)(訳注:イギリスの著名な疫学者、医学統計学者。この論文の一読をお薦めする)はこの時代に行われた自分の研究について、結果があまりにもクリアカットなので有意性検定をする気はなかったことを思い出している。彼は”標準偏差が無いので結論を出すのを拒む(論文を受理しない)のは愚かである。”と最近の状態(訳注:アメリカの傾向)について論じている。この初期の時代には、繰り返しによる重復実験や1種以上で確認することによって、誤った結論をさける、と聞かされていた。その意味でこの実験は意味深いもので、ラット1匹の結果から結論をしたというのはまったくフェアではない。
Hart et al. (1928) は7文献を引用した。ヘモグロビンの測定法は記されていない。肝臓の銅はキサントゲン酸法を用いたが引用していない。論文I, V, IV、VIには鉄の分析法が無い。ヘモグロビンはFeischl-MiescherまたはNewcomerのヘモグロビン計を用いたが、これはシアンメトヘモグロビン法のような信頼性は無い。同様に幾つかのコーン分画のうちのどれを使ったか明記していない。分画の2つは悪性貧血の治療に有効であり、1つは血圧を下げる効果があった。ラットの篭はメッキ鉄で作られていたと推量される (Schultze 1939)。
この研究以後、半世紀以上にわたり栄養学者は銅の血液学にこだわった。このようにこだわった理由は明らかではないが、たぶんCartwright と Wintrobeの精力的な活動によるのだろう。ちょうど、ブフナー (Buchner)の無細胞発酵の概念を多くの研究者が受け入れなかったのは、自然発生が無いことを示したパスツールの実験によるのと同じように、栄養学者の多くは銅に関係するのは血液学だけと思っていた。
しかしフレキシブルな人たちも居て、銅欠乏の他の性質を求めた。Keil and Nelson (1934)はグルコース不耐症と今では呼ばれるものを発見した。Bennetts et al. (1942)は心臓破局反応(cardiac catastrophe:突然心臓死?)に最初に気がついた。血液学者もこの破局反応の領域に全く無関心ではなかった (Shields et al. 1962)。銅欠乏にともなう高コレステロール血症は (欠乏症では顕著でない高トリグリセリド血と違って)血漿や血清でとても見られないどころではなく (not nearly invisible) 、銅と脂質代謝は1973年より以前に研究されていても良かったはずである (Klevay)(訳注:演者は1973年に高コレステロール血症の報告をしている)。今では銅欠乏の心臓血管への影響は血液にたいするものより多く研究されている (Lei and Carr 1990)。しかし血液学への興味は白血球の方向に向かってふたたび盛んになっている (Percival 1995)。数は少ないだろうがHart et al. (1928)が死体解剖で何を見たか興味深い。時として病理学は理解しやすいものである (Allen and Klevay 1978)。
Hart et al. (1928)は”重要な機能が定量の役に立つとき、.....進歩に適する条件である....”。彼らは銅、ヘモグロビンなどを測定する適当な方法を持っていた。しかしラット621その他に使ったバイオアセイはたぶん最も重要だったろう。何故かというとこれが他の測定方法の正当性を立証したからである。”銅が肝臓中で存在する形”や”銅を加えると効果が変わる”ような化学形について、何のデータも存在しない。しかしこれらのコメントは銅の生物学についての新しい研究でも有効であろう。
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