西南女学院大学

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9: ペラグラは感染症ではない!

The Journal of Nutrition Vol. 127 No. 5 May 1997, pp. 1017S-1053S
Paper 9: Pellagra Is Not Infectious! (Goldberger, 1916)
Leslie M. Klevay, U.S. Department of Agriculture, Grand Forks Human Nutrition Research Center, Grand Forks, ND and Robert E. Olson, College of Medicine, University of South Florida, Tampa, FL

リンク:栄養学の考え方を変えさせた実験 (原論文)


微生物学はビクトリア時代末に医学を変えていった。1912年にフンクが”ビタミン=vitamine”の命名をしたころまでに結核の病原菌は30年にわたって知られていた。ペラグラの原因として食事欠乏よりも感染が考えられたのは不思議ではない。世紀の変わり目に知られた2つの他の病因、中毒と遺伝、もまた示唆された。

肉、トウモロコシ、糖蜜 (meat, maize, molasses)の食事と関係している、痴呆、皮膚炎、下痢そして最後に死(訳注:4D=dementia, dermatitis, diarrhea, death)がペラグラ症候群であった。不幸にして、貧乏人の”肉”は脂肪が多くタンパク質が少なかった。皮膚炎は光感受性があり、太陽に当たる部分に限られていた。ペラグラで見られる首の周りの紅斑と色素沈着は発見者の名からカサル(Cásal)の首飾りと呼ばれた (Terris 1964)。痴呆はふつう躁鬱病型で精神病院に隔離する必要があった。

ペラグラの病原の理解に大きな貢献をしたゴールドバーガー (Joseph Goldberger) は1874年にオーストリアに生まれ、1880年代に両親とともにアメリカに移民した。1890年に高校卒業生として工学を勉強するためにニューヨーク市立カレジに入学したが、2年後に医学志望に変わってBllevu病院医学カレジに入った。1895年にMDの学位を得て、1年間のインターン、3年間のニューヨークとフィラデルフィアにおける臨床の後で、1899年に米国公衆衛生総局 (U.S. Public Health Service) に加わった。彼は種々の港、ニューオルレアンズ、メキシコのタンピコやベラクルーズ、キューバのハバナなど、の検疫官として、黄熱病や蚊で伝染するチフスについての研究を行った。1909年に彼はSchamberg病の原因を明らかにした。これは進行性色素性皮膚症とも呼ばれ、個人ヨット乗組員やフィラデルフィア地区の個人宅や下宿に住んでいる人たちに見られた。Goldberger and Schamberg (1909) はこれらの人たちが藁マットで寝ていることに気がつき、最終的にダニ (Pediculoides ventricosus) が病原体を媒介することを見いだした。このように1913年に衛生局長からペラグラの病因を研究するように命令されたときに、彼は疫学および感染症についての専門家とみなされていた。

アメリカでは20世紀の始めまでペラグラは問題になていなかったが、1912年に公衆衛生総局のLavinderは5年間に25000以上の病例があり、死亡率は40%であると推定した。ゴールドバーガーが研究を始めたときに、ペラグラは感染症と考えられていた。南カロライナの研究の結果、Thompson-McFadden Pellagra Commissionは1913年に、”1)良好なトウモロコシまたは腐敗したトウモロコシの摂取がペラグラの原因であるという仮定はこの研究で支持されなかった;2)ペラグラは人から人への特別な感染症であるが、その感染経路は不明である”と結論した。この結論はSiler et al. (1914)によって詳しく述べられた。

研究を初めて3月以内にGoldberger (1914) はペラグラについての最初の論文を発表した。3ページより少し長い論文で、ゴールドバーガーはペラグラの疫学を次ぎのようにまとめた。ペラグラは伝染性は無い。原因は食事である。予防には”南部の人たちがの食事に多い穀物、野菜、缶詰食品を減らし、新鮮肉、卵、ミルクのような動物性食品成分を増やす”ことによるべきである。これらの見解を支持するものとしてゴールドバーガーは、1)ペラグラ患者が多い施設で、看護婦や世話人に病例が見られたことはない;2)この病気は地域に特有である;3)これは貧乏と関係し、言い換えると動物性食品の欠乏と関係する、ことを指摘した。

しかし、これらの結論は変数の関連を含む疫学的方法論によるもので、病気の原因の証明にはならなかった。ゴールドバーガーらは次のようなことを試みた;1)ペラグラ患者の食事を動物性食品の多いものに変えてペラグラの治療を試みること、2)ペラグラ患者の分泌物、鱗屑、排泄物などの感染性を直接に試すこと、であった。最初の論文発表の1年後にゴールドバーガーと協同研究者はシリーズの (back to back) 論文 (Goldberger et al. 1915, Willets 1915) で、ミルク、卵、肉、インゲンマメ、ソラマメなどを充分に与えると施設の患者たちがペラグラに罹るのを防ぐことができるし、ペラグラ患者が同じ食事によって治ることを、示した。

ゴールドバーガーの第二の計画はペラグラ患者の鼻咽頭分泌物、血液、排泄物でペラグラが伝染しないことを示すことであった (Goldberger 1916)。自分自身を被検者とする英雄的な研究はゴールドバーガー, Sydenstricker, Tanner, ウィーラー (Wheeler) , Willets, ゴールドバーガー夫人および10人のボランティアによってなされた。ペラグラの原因となるように脱線維血、鼻咽頭分泌物、大便、尿、皮膚炎鱗屑は経口的および非経口的に摂取された。この頃の米国公衆衛生総局の医師たちは感染症に対応するためにこのような危険を犯すことを学んでいて、ゴールドバーガー自身も以前の研究において黄熱病とチフスに罹っていた。種々な組織、鼻分泌物および排泄物を種々の病状の17人のペラグラ患者から得た。そのうちの3人は致命的な状態であった。ゴールドバーガーとウィーラーは最初の被検者であって、5mlの脱線維血および分泌物を筋内に注射した。3日後にゴールドバーガーは急性期患者の大便および他の2人の患者の尿と鱗屑を食べた。その結果、ゴールドバーガーは下痢を起こし、これは約1週間続いた。しかし、彼とウィーラーは3人のボランティアとともに同様の試験、すなわち3人の患者からの脱線維血の注射と鱗屑と排泄物の経口摂取を行った。大便からの感染を最大にするために、浣腸によって5人の患者の直腸から新鮮な便を得て、ブレンドして錠剤を作り、ボランティアたちが摂取した。ボランティアたちは錠剤を摂取する前と後に重炭酸ナトリウムを摂取した。これは胃の酸度を下げて胃液による殺菌作用の可能性を無くするためであった。ゴールドバーガー夫人も血液の注射を一回受けた。ゴールドバーガーとウィーラーは筋注でこわばりを感じ、何人かのボランティアは便を食べた後で吐き気を感じた。それにもかかわらず、5月から7月して誰もペラグラに罹らなかった。ゴールドバーガーのグループの誰もペラグラ感染に失敗したし、動物性食物に富んだ食事がペラグラ患者に予防効果と治療効果を示した故に、この病気は食事性のものであって感染性のものではない、という結論に自信を持った。それにもかかわらず、彼らは南カロライナの7つの線維工場の村における疫学調査を1916年に行った。ここで判ったことは衛生状態が悪い村より食事の悪い村でこの病気の多いことが示された。

1920年に残っていた問題は:ペラグラを予防できる動物性食品内の栄養素は何か?であった。一般に動物タンパク質は穀物や野菜のタンパク質より生物価が高いので、 Goldberger and Tanner (1922)はアミノ酸がペラグラ予防栄養素であろうと提案した。Tannerは一人のペラグラ患者でトリプトファンを試み、皮膚炎は顕著に好転したが、下痢にはあまり影響しなかった。彼はゴールドバーガーへの中間報告はしたが、それ以上の追求は行われなかった (Tanner 1921, quoted by Hundley 1954)。ゴールドバーガーはまたイヌでペラグラに相当する病気である黒舌病の治療に種々の食餌を試みた。

ゴールドバーガーは1929年に55歳の若さで死亡した。したがってエルヴィーエム (Elvehjem) たちが1937年に報告したナイアシンによる黒舌病の治療効果を知ることができなかった。しかし Goldberger and Sebrell (1930) は肝臓抽出物によるこの犬の病気の寛解を起こしていた。アミノ酸がペラグラの病因に重要であるとする彼の考えは、ニコチン酸がトリプトファンから形成されるという Krehl et al. (1945)らの発見によって確認された。その後、 Vilter et al. (1949)はヒトのペラグラがトリプトファンで治癒できることを示した。

結論として、ゴールドバーガーは良く訓練された医師であり、有能な疫学者であり、想像力のある臨床研究家であった。彼は種々の感染症および感染症ではないペラグラを、疫学を含む総合的な方法で研究した。彼は臨床疫学の手本として誉め称えられている(Elmore and Feinstein 1994)。

文献

Elmore J. G., Feinstein A. R. Joseph Goldberger; an unsung hero of American clinical epidemiology. Ann. Intern. Med. 1994; 121:372-375
Elvehjem C. A., Madden R. J., Strong F. M., Wooley D. W. Relation of nicotinic acid and nicotinic amide to canine black tongue. J. Am. Chem. Soc. 1937; 59:1767-1768
Goldberger J. The etiology of pellagra: the significance of certain epidemiological observations with respect thereto. Public Health Rep. 1914; 29:1683-1686
Goldberger J. The transmissibility of pellagra: experimental attempts at transmission to the human subject. Public Health Rep. 1916; 31:3159-3173
Goldberger J., Schamberg J. F. Epidemic of an urticarioid dermatitis due to a small mite (Pediculoides ventricosus) in the straw of mattresses. Pub. Health Rep. 1909; 24:973-975
Goldberger J., Sebrell W. H. The black tongue preventive value of Minot's liver extract. Public Health Rep. 1930; 45:3064-3070
Goldberger J., Tanner W. F. Amino acid deficiency probably the etiologic factor in pellagra. Public Health Rep. 1922; 37:462-486
Goldberger J., Waring C. H., Willets D. G. A test of diet in the prevention of pellagra. South. Med. J. 1915; 8:1043-1044
Goldberger J., Wheeler G. A., Sydenstricker E. A study of the diet on nonpellagrous and of pellagrous households in textile mill communities in South Carolina in 1916. J. Am. Med. Assoc. 1918; 71:944-949
Krehl W. A., Tepley L. J., Sarma P. S., Elvehjem C. A. Growth retarding effects of corn in nicotinic acid-low rations and its counteraction by tryptophan. Science 1945; 101:489-491
Siler J. F., Garrison P. E., MacNeal W. J. Pellagra, a summary of the first progress report of the Thompson-McFadden Commission. J. Am. Med. Assn. 1914; 62:8-12
Tanner, W. F. (1921) Progress report to Goldberger (unpublished and cited by Hundley in Sebrell, W. H. & Harris, R. S. (1954) The Vitamins: Chemistry, Physiology, Pathology, Volume II, page 553. Academic Press, New York, NY.
Terris, M. (1964) Goldberger on Pellagra. Louisiana State University Press, Baton Rouge, LA.
Vilter R. W., Mueller J. F., Bean W. B. The therapeutic effect of tryptophan in human pellagra. J. Lab. Clin. Med. 1949; 34:409-413 Willets D. G. The treatment of pellagra by diet. South. Med. J. 1915; 8:1044-1047

(訳者 水上茂樹)

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